八幡平アスピーテラインは、岩手県道・秋田県道23号大更八幡平線の内、八幡平市緑ガ丘から国道341号交点を呼ぶ。

1976年(昭和51年)10月1日、西根八幡平線として岩手県、秋田県の双方から県道に認定され、当時は有料道路であった。 (現在は、無料開放されている。)
その道路が工事中の昭和30年代には、トロコ温泉が路線バスの終点であった。

年代が新しくなってからは、玉川温泉までの路線バスが通行しだしたようだ。
 しかし、当時は工事中であった玉川ダムに行く工事用のトラックとか、ジープに便乗していたような記憶がある。
勿論、観光バスなどが通るはずも無い。
後生掛温泉に行くためには、1日に一往復程度のトロコ温泉行きのバスに乗らなければならないのであるが、それに遅れてしまった場合は志張温泉あたりで一泊していた。
運良くトロコ温泉行きのバスに乗れても、子供の足ではそれからの徒歩が厳しいものであった。
そのため、玉川に向かう道路を歩き、途中から赤川温泉に向かって山道を入り込んだ。
そして赤川温泉に一泊していた。

当時の赤川温泉(現在も有るのか、爺は知らない)は、小さな川の流れに沿った鄙びた温泉であった。
八幡平山頂を目指す登山客か、山菜取りの地元の人が利用する程度だったのではなかろうか?
米を研ぐ小川の水でどぶろくを作っていた
また、金精様(こんせいさま)と呼ぶ男性器を形取った木製の物が風呂に数個浮かべてあり、男性が女性目掛けて(当然、混浴)押してやり、女性がそれを受け止めれば、合意が成立するということだったらしい。

翌日は、赤川温泉を発ち、澄川温泉を経由して、大沼に出、やっと後生掛温泉に到着できたのである。

後生掛温泉への入り口は、現在ではアスピーテラインから、ホテルの表玄関に到着するが、当時は大沼から(現在の)山水館前を通り、今でもあるせせらぎに沿って熱湯の沼のほとりを、沼にはまらないように気配りしながら湯治部の付近に到着していた。

当時のせせらぎは、現在とは少し流れの場所が変わっているが、沢蟹を採って遊んだものである。
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