親父は、酒を飲まなかった。  正月に,御神酒を御相伴に与るだけでほろ酔いになる有様であった。
そんな親父でも、仕事の付き合いとやらで、年に2~3回ぐらいは酒を飲んで帰宅することがあった。

半世紀も昔の秋田でのことである。 いまどきの様に、いたる所に安い居酒屋があるハズが無く、外出先で飲む場所といえばそれなりの高級料理屋であったようだ。
今にして思うに、秋田市の繁華街と言えば、川反(かわばた)であったろう。

飲みなれていない親父が酔っ払っての帰宅ポーズは、ヘロヘロ状態で自転車を押して帰り、自宅の玄関に倒れ込むのが定番であった。 幼かった俺と母で、玄関から寝床まで引きずって行き、寝かせることが大変であった。

そんな親父が、酔っ払った状態で差し出すのが、御土産の寿司折であった。
寿司折と言えば聞こえが良いが、中身は胡瓜か干瓢の海苔巻きである。

当時は、寿司屋といえば時価が相場であり、冷凍設備の整っていない中での具材は酢で絞めた物ばかりである。
現代のように、鮪や鰤等がホイホイというわけにはいかない。 ましてや、運動会だろうが、外出だろうが、弁当を持参していた時代である。 たとえカッパ巻きとは言えど、立派な御土産なのだ。

夜遅く(20時頃のこと)に酔っ払って帰宅し高いびきの親父を尻目に、舌鼓を打ったことは言うまでもない。