大東亜戦争に出兵した親父は、中国大陸・ビルマの2度の出兵ともに 司令部付きの運転手だったそうだ。
終戦をシンガポールで迎えた後は、英国軍人の運転手だったそうだ。
出兵前は警視庁消防部で消防車の運転手をしていたからだろう。

そのせいか(?)は判らないが、記録を付けることを怠らなかった。
我輩が成人した後、親父が還暦を過ぎてからも日記を書き、逝く直前まで続いていた。
庭いじりを行える元気な頃は、馬鹿な倅(我輩)の所業やら、その日の出来事が数十行程度書かれていた。
歳を重ね、視力が衰え、体が思うとおりにならなくなるにつれ 「何もせず」 という日記が目立つようになっていた。
けっして何もしなかった日ではなかったことは我輩が知っているのだが、親父にとっては日記に書くほどのことでは無かったのだろうか??
それでも、日記を書くということは止めなかった。

今我輩がホームペー゛シを作り、写真を撮り、日記をつけるについて、肩肘を張った姿勢があることを思う。
何か恰好の良いことを書こうとしているのだろうか??

恰好悪くても良い。
この日記は吾輩の記録である。
 「何もせず」 だけでも良いだろう。
写真撮影においても 「写真とは、自己が撮影する場所に、その時間に存在し撮影できる能力と活力があったことを証明することである..」ということが、我輩の信念だ。

XOOPSというヤクザなホームページを使いだしてから、以前の記録を消滅させてしまった。
最近も数度のブログ引っ越しで、またまた消滅させてしまった。
我輩の引っ越し方法が悪かった...と言えばそれっきりだが、釈然としない。
致し方あるまい。これから死ぬまでを記録できれば良いことだ。

継続は力なり