野々市に転居して、もうじき1年が経つ。
早いものだ。

横浜市金沢区から鎌倉市に転居したが、どうも鎌倉市は住みよい場所ではなかった。
観光地としては立派なところかもしれないが、老後の永住地としては考えさせられた。
老朽化したデコボコの狭い車道を路線バスが走る。
更に狭い歩道は、あるところでは車道側に傾き、数メートル行けば家屋側に傾き、車いす等では危なくて通行できたものでは無い。
そんな場所に見切りをつけて新天地を探しはじめたのが、2年ほど前になる。

いまどき流行りの自然に帰ることも考えたが、半世紀で身についた都会の便利な暮らしから一気に自然派になることは聊か考えた。

やはり老後は、医療設備が整っている土地が良いだろう。
ペーパードライバーで目の悪い者としては、公共交通機関の利用しやすい土地が良い。
大阪圏は絶対に嫌だ。
できれば生まれ故郷の東北が良いな~

という条件で、居住地を探し始めた。

だいぶ探した場所の中で、初めて現地視察を行った所は仙台市である。
仙台市青葉区の北仙台駅・愛子駅。
以降は、山形県・福島県等など。
女将は、銀山温泉に旅した際の最寄駅である大石田付近にだいぶ拘っていた。

長野県の佐久に現地視察した際の宿は思い出深い。
真冬とはいうものの、夜には氷点下9度という未体験の寒さになった。
環境は極めて良かったが、寒さを体験しただけで遠慮してしまった。

結局は、関西文化圏に近いものの、それ以外の条件をクリアできる場所として金沢市が選択肢に残った。
現在は野々市市になったが、当時は野々市町であった為、金沢市の一部かな(?)と考えてしまったが調べてみたら独立した地方自治体であった。

市内には山も海も無い平坦な土地であるが、住めば都とはよく言ったもので、白山から流れ出る川の分岐が数多く流れる穏やかなところだ。
いまどき、市町村合併もしないで単独で市制執行ができたことは大したものである。

東北地方太平洋沖地震の発生前に購入契約を行ったが、当時はやれやれと安堵したものである。