武士は、家を一歩出る時には死を覚悟していたという。
何時死んでも恥ずかしくないように、白の肌着は勿論のこと褌をはじめ全て清潔な物を着用していた。
妻は、主が家を出て帰宅する迄は必ず待っていたという。
どこで死ぬかも判らなかったからだ。
このような習慣は、死ぬことを生業としていた武士以外では少ない様だ。
山に入るマタギや、火消しが火事場に飛ぶ時には行うのだろうか。

時代は移り、農家の次男・三男が給料取り(会社員)となりだした。 当然、その様な覚悟については知る由もない。
さらに時代は変わり、それらの子供は、昔から給料取りを家業としていたような顔をして外出する。
「家を出る時には万が一の事故により死ぬかもしれない」 ことなどは微塵も思わずに外出する。

外出した人々は、安心しきっている。
電車の中では口を広げて寝る! 道端では車座になって会話にふける! 盗んでくれと言わんばかりに鞄を置く! etc.
例示すればキリが無い。
猫が寝る時、通常は腹を下にしている。 身体の弱い部位である内臓を庇うためだ。
しかし、安心した相手には腹を見せて寝るのだそうだ。
猫ですらする用心を、現代の日本人は一切していない。
外出先でも自宅にいるのと同様に安心できる世界だと思っているのだろう。
ぬるま湯に浸りきった日本人は、世界に出掛けても同様に安心している。

日本の警察組織は優秀である。 しかし、万能では無い。
民衆は、事故に遭うと警察なりを非難する。
声高らかに警察を非難する民衆は、自分自身を守る努力をしているのだろうか。
そして、死を身近に感じているのだろうか。

主婦と呼ばれる人は、元気に出掛けた旦那が死体となって帰るかもしれない事を理解しているのだろうか。
女性が外出する時には、もっと危険が増すであることを理解しているのだろうか。

事件 ・ 事故は、いつでも身近に存在する。
死ぬ覚悟と、死なないための自己努力を心掛けるべきであろう。