NHK-TV。
プロジェクトXが放映したデジタルカメラ開発秘話は、新技術を扱う技術者と営業上の利益の狭間で揺れ動いた当時の日本を想うにつけ、なるほどものであった。

硬い話は置いて、おかげを以って、我々貧乏人もデジカメ写真を楽しむことができる。

最近は、写真UPできる掲示板也を設置しているサイトが多い。
その掲示板は、この季節お花のオンパレードである。

プリント写真の時代では撮りもしなかった被写体を、プリント代金ただのデジカメを良いことにガンガンと取り捲る。
それも、たいして珍しくも無いものを撮っては、自分のサイトに飽き足らずよそ様の掲示板にまで書き込む節操の無さである。
せめて自分の庭に咲いたものとか、何か撮影する基準をもって見せびらかすのが奥ゆかしさではないだろうかね?

でも、やはり見せたい(見て欲しい)のですね?

写真とは、「自分が撮った○○」と思っている人が多いようだ。
私は思う。
写真とは明日消えるかもしれない自分の存在した証明である。
「○○を撮った」または、「○○と一緒に映る」自分は、少なくてもその瞬間は存在していたのだ。