安倍総理大臣は、「女性管理職の登用増」 を目指している (フリ?) らしい。
マスコミも取り上げて、日本で女性が管理職に登用されない理由を云々し、世界の国々では女性管理職が多いとの報道を行っている。
それによれば、北欧の某国では管理職の半数は女性が占めるとか、日本では女性が管理職になる為や 管理職を務める為の環境が無い等とのことだ。 そのとおりなのかも知れない。

しかし、日本の女性が管理職にならない(なりたがらない) 理由は、それだけなのだろうか。
日本の制度が西洋化するに伴い、管理職になりたい女性は増えてきたのかも知れない。
管理職というポストに着きたい女性にとっては、マスコミの報じるとおりに、日本の社会環境は劣悪であろう。

しかし、日本の歴史の中で、女の行ってきた事には目を見張ることが多い。
それらの事は、その女が女帝とか女城主とかの表舞台に立ったが故に行えたことよりも、夫などの男を影で支えるフリをしながら裏で行ったことの方が多い。 要するに、男を操る術を心得ていたということだ。
危険な目に合う事や、敵を説得する話術を弄する努力は、男に任せれば良い立場になれる女は知恵者である。
女の努力と言えば、如何にして自分が裏で糸を引ける男を見出すかである。
見出した男が 天下を取れない男であったら、それは女の見る目が無く、運が悪かったということだ。
要するに、城主(管理職・社長・大臣等) に成らずとも、天下国家を牛耳ることはできたのだ。

現代においても、共稼ぎをしなくとも、自ら管理職・社長にならなくとも、充分に女としての器量を発揮できるだろう。
夫を操って、あたかも夫の考え出したことでも有るかごとき錯覚を与えながら夫の尻を引っ叩いて、何かを成し遂げることができるバスだ。

儂は、女性が管理職の地位を求めることを反対しない。 むしろ、賛成派である。女は男より、見る世間が広い。
しかし、女性であっても男性と同様の内容を求められ それを成し遂げなければならない北欧の某国ならば知らず、女性は女性としての働きをすることを期待される日本に産れ育ったことに感謝しながら、男性の尻をひっぱたくことで女性としての夢が叶う世の中作りに励むことが、古くからの日本の女の知恵ではないか(?) と考える。

日本の一般家庭でも、実質的な権限を握っているのは女性であることが多いと推察する。
男性は 「観音様の手のひらに乗った孫悟空」 のようなもので、自分では己の力量に自惚れながら結局は女の言い分に従っているのではないだろうか。
ドメスティックバイオレンスとやらの家庭内暴力により 女性を屈服させようとする男性の行為は、口だけでは負けてしまう 発言・説得能力が弱い男性の実力行使であり、論外である。