入社した頃の当社には、事務所ごとに医務室が常設されていた。
通常は 看護婦(看護師) だけ常駐しているが、週の特定曜日には町の医師が診察をするという仕組みである。

儂が入社したての頃は銀座8丁目の事務所に居り、普段は銀座の御姫様やヤクザ殿を相手に開業している町医者が受け待ちだった。
テレビドラマの探偵物語を地でいくような医者で、お世辞にも呼びたくなかったが 「先生」 と呼んでゴマを擦ると、当夜は銀座界隈の一般サラリーマンでは行けそうも無い所に御伴することができた。 当然、先生の奢りだ。

二日酔いになり胃薬でも..と思い医務室に行き医者と顔を会わせると 「薬よりもコッチが良い」 などと言いながら、薬棚の裏からスコッチを引っ張り出してくるような人だった。 当然、医者も二日酔いだ。 医務室で酒盛りだ。
したがって、本気で薬が欲しい場合には、医者のいない日を確認して看護婦から貰わなければならない状態だ。
しかし、儂ら真っ当なサラリーマンが飲めるような居酒屋で過ごし、時を忘れて終電となってしまった場合でも、その辺をウロウロしていると 医者に紹介され顔馴染みになった御姫様の御宅に泊めてもらえたものだ。

そんなヤクザ医者との付き合いは、儂が毎日新聞社傍の事務所に移った後にも続いた。
真っ当な胃薬を貰うことができるようになり しばし、医者が変ることになった。 新しい医者はヤクザ医者だった。
悪行の報いで、糖尿病になったとこぼすヤクザ医者であったが、所業に変ることはなかった。
昔のよしみということで、さっそく銀座に繰り出し、以降はドンチャン騒ぎの日々が戻ってきたのだ。
こんな付き合いは、儂が転勤する迄続いた。 数年後、ヤクザ医者が死んだことを風の噂に聞いた。 黙祷。