この齢になっても、尊敬する人は(?) と問われれば、親父を上げたい。

子供時代は怖い存在であり、青年時代は煙たい存在であったが、口には出さないものの常に尊敬の対象であった。
定年退職するまでは 叱る以外には口を開くことの無い人と思っていた親父が、退職してからは少々ながら酒も飲み 唄を歌い 口もきく 普通の人だと知った。 しかし、尊敬の対象であること変わりは無かった。

傘寿を過ぎても、2階建て屋根のペンキ塗りや、柿やミカンの木によじ登っては果実の収穫をしていた。
バカな不甲斐ない息子(儂のこと) だから、しかたなく行っていたことなのだろうか。

もうじき、また厄介を掛けに行くが、よろしくな

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