物心がついた頃に、我が家にはラジオが有った。
御近所を見渡しても、全所帯で1家に1台という時代ではなかったが、真空管を灯しながらのラジオが有った。
小学校に入学して間もなく、親父がSONYのトランジスタラジオを買ってきた。
真空管式に比べてやたらと小型なそれが、真空管式よりも高機能であることに驚いた記憶である。

中学になると、電池が不要な 「鉱石ラジオ」 ⇒ 「ゲルマニュームラジオ」 の組み立てキットを買い、天井からぶら下がった電灯のコードをアンテナ代りにしてラジオ放送を聞いていた。
とは言うものの、当時の秋田市ではNHKと民放が視聴できるだけで、流行の音楽を聞くことはできなかった。
流行の音楽は、東京から微かに届く深夜放送を巧くチューニングして聞くしかなかった。 翌日の学校では。あれを聞くことができたという話題が華やかだった。 「帰って来たヨッパライ」 はしばし話題のネタになった。


そんな秋田から横浜に転居した時には、バンバンと入る放送に喜んだものである。
しかし、結婚してから一時住んだ東村山市は横浜の比では無く、まことにクリアーにラジオを視聴することができた。 東村山市は東京の中心部からなだらかな丘陵になっている為、電波が直線的に届くことのだ。
ちなみに、東京に向かって小さな山があった横浜の自宅ではラジオばかりでなくテレビの受信状態も悪く、10素子のアンテナを上げていてもノイズが入ったものである。
そんな東村山市に住むうちに、クリアに入るFMラジオのエアチェックを趣味としてしまった。
ラジカセだけでも何台買い替えたことだろう。 挙句の果てには、社宅にビクターのコンポーネントを設置する始末。
収録したカセットテープリールテープだけでも随分な量になってしまった。

その後、東京都世田谷区を経て横浜の実家に戻った途端に、エアチェックする事を諦めざるを得なかった。
しかし、1度火がついてしまった音楽の収集は止めることを知らず、以降はレコードとCD集めを始める始末である。
横浜市⇒鎌倉市に転居する際、エアチェックで貯め込んだカセットテープやリールテープは9割を処分したが、レコードとCDだけは捨てきれずに当地に持ち込んだ。

改めてコンポーネントを購入する気にもなれず、カセットテープ・レコード・CDを聞くことができる小型の物を買ったのだが、なかなかレコードを回そうと思えずに過ごしているこの頃である。

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引越したVTRやDVDが有るが、レコード同様に視る気になれずにいる。
暇なのだから、視ればよかろうと自問するのだが...まあ、そのうちにということか。
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WikiPedia:Radiko / NHKネットラジオ_らじる★らじる
パソコンでインターネットラジオを聞けるようにAdobe AIR をインストールした。