揺れる欧州 移民受け入れ反発、広がる反イスラム:朝日新聞デジタル:朝日新聞デジタル

キリスト教徒にとっての世界の平和とは、自国の、自分自身の平和を指すのであろう。
そして、キリスト教国に席巻された世界の人民にとっても、キリスト教徒の思う平和が自らの平和に繋がるのだろう。

しかし、キリスト教を信じた国家は世界を席巻する為に、他の宗教を文明を侵略し滅ぼしてきた歴史がある。
スペインはインカ帝国を滅ぼして金を掠め取った。
アメリカはインディアンを騙して、国を築いた。
西欧列強はアフリカを植民地化し、未だにその傷は広がるばかりだ。
キリスト教国同士の戦闘も絶えない。 etc.
これは、キリスト教に限ったことでは無いのだろう。 そして今、反抗を受けている。そして、慌てふためいている。

現在の世界をリードするキリスト教徒と列強国は、自分達に組しない者の行いをテロと決めつけ、これを排除することに傾注している。 この争い事が、永久に無くなることは無いのであろう。
自分の置かれた環境や信念に基づいた発表を "言論の自由" や "表現の自由" として、他の者に受容することを押し付ける行為には賛同できない。
これらの出来事の根底を流れる信仰の相違について、各宗教の指導者同士で話し合いの場を持つことができないのだろうか。 "信仰の自由" こそが、"バベルの塔" と化している世界に求める最低限の秩序であろう。
"ブラジャーをせず乳房を露出した女性の風体" が神の教えに反するとしたキリスト教宣教師の行為は、文化的テロではないのか。 "神の教え" として女性に対する差別がなされても、それを撤廃する事に急ぐべくではないだろう。 今では文明国を自称する自国が現在に至るまで、どれくらいの時間を必要としたのかを考えてもらいたい。 自分達の現在を享受し、他国にも分かち合いたいのであれば、長い時間と忍耐が必要だろう。
「信じる者は救われる」、「大きな世話でも、自らが信ずる事は神の意思」 ということではあるまい。

古くは十字軍の遠征がなされた。
平和とは、争いの末にもたらされるものなのだろうか。
争って、殺し合ってまで求める信仰とは何なのだろうか。

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パンドーラーは、ギリシア神話に登場する女性で、神々によって作られ人類の災いとして地上に送り込まれた。人類最初の女性とされる。パン(Παν)は「全てのもの」であり、パンドーラーは「全ての贈り物」を意味する。

アダムとエバ