年度も改まり、恒例によりテレビ番組も変化している。
新番組は、年を重ねるにしたがい どんどん御粗末になっている。
時間枠を潰す為に作られているような番組が多い。

今どき、"お笑い芸人" と "タレント" やらを引っ張り出して、色々と騒がせていればテレビ番組が出来上がるようだ。
ただ騒々しいだけの芸人等に、売れないナレーターを付けていれば良いのだから、安上がりな番組作りだ。

そんな芸人達でも、大御所的な者がいると聞き、へぇ~という事になる。
一応、何がしかの番組の司会をするような者がそれに当たるようだ。
仕事人時代の夜は酒飲みに忙しかったので、芸人の類で誰が売れているのかは知らなかった。
暇人となった今、大御所の芸の素晴らしさは判らないし、ギャラの安い駆け出し芸人との区別がつかないでいる。

あんな番組を撮影するスタジオに出向き、番組が述べる陳腐化した内容に 「へぇ~」 とかで感嘆の声を発している人達を "幸せな人" と呼んではいかんのだろうか。 知らないのは、君達だけじゃないのだろうか。

番組を企画する者も、ギャラが高くとも多少の知識を持っている大御所を出演させて欲しいものだ。
もっとも、大御所と呼ばれたからといって、面白い芸があるとは限らず、バカも多いようだ。
目立とう意識ばかりの駆け出し芸人の中から、ものになりそうな者を見つけて出演させるのも企画者の腕だろう。


最近目につくのは、報道的なニュアンスの番組である。 瓦版屋自身も芸能ゴシップだけでは悲しいのだろうか。
安倍政権から報道規制的な指導があるのでは(?)と疑いたくなるような中で、取り上げられる少ないニュースをネタにして番組作りをしなければならない苦労を思えばバカバカしい。
古くは歌番組が攻勢を掛けた時期があり、どのテレビ局も歌番組ばかりを流すのに辟易した事を思い出す。

ニュースを報ずる事は必要不可欠と考えるが、事件の背景を推測を含めてクドクドと報じるられのは食傷だ。
WikiPedia:ニュースより抜粋引用
ニュースとは、最新の情報や出来事の報道のことである。あるいは、そうした事件や、出来事も指す。
増してや、ニュース番組に、奇を衒った "お笑い芸人" や、知識が薄いが化粧だけは濃い "アナウンサーもどき" や、"専門家" と称するその場しのぎのコメンティターが出演して騒ぐ必要性は無い。

ちなみに "コメント" とは、意見 ・ 見解 ・ 論評 である。
仲良しブログの記事で "コメント" として 記事内容とは無縁な内容チャラチャラと書いているのを見掛けるが..

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