現在は60秒10円の公衆電話が、2014年4月から消費税率が 8%になることで57.5秒にに通話時間が短くなるという。
公衆電話料金は、1993年9月迄は3分10円だった。
1993年(平成5年)10月には、90秒10円
1994年(平成6年)  4月から、60秒10円となり、現在に至る。
日本電信電話公社が電信電話事業(公衆電気通信役務)を行っていた頃は、国道には数キロ置きに公衆電話室を設置することを義務付けられていた。
電電公社は逓信省の後身であり、逓信省は交通・通信・電気を幅広く管轄していた。
逓信省は、道路占用料を支払うことも無用 (その時代には、建設院建設省よりも発言力があったのでは??) であり、通信設備を地中埋設し、全国に通信網を張り巡らすことが可能であった。 1952年(昭和27年)日本電信電話公社になり道路占用料を支払うようになってからもその精神は引き継がれ、「全国に遍く公平に」 電信電話事業を行ったという。 1985年(昭和60年)の通信自由化を受けて新電電各社が電信電話事業に参画し、持株会社日本電信電話株式会社の元に東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社が発足し...
今では携帯電話に押されて、存在意義が薄れている公衆電話である。

しかし、地震等の災害時や停電の時には、公衆電話が必要であろう。
  • 携帯電話が利用できないトンネルや山間地で電話しなければならない状況もある。
  • 携帯電話を所持しない子供や年配者は、未だに公衆電話を利用している。 子供には携帯電話の所持を禁止している学校も多い。
その公衆電話の通話できる時間が短くなるのは、如何なものだろう。
我輩は外出時の非常時用として、千円のテレホンカードを常備している。非常事態には、公衆電話様々の根性だ。
我が家はアナログ電話に停電時用電話機なので、自宅に居る時は停電時でも問題無い。

我輩が入社した昭和40年代には、電話が少なかった。
  • 会社内の少ない電話器は、遠距離への通話を防止(見張り)する為、係長席に設置されていた。
  • 一般家庭に電話を引く為、電話局に頼み込まねばならなかった。 電話を引く工事が終えたら、工事してくれた人達に酒・煙草を持たせることは常識であった。 酒席をもうけた家もあったほどだ。
  • 電話の無い一般家庭は公衆電話まで行けない場合、有る家庭の電話を借りることもあった。 借用料として、1回10円や、砂時計で利用時間を計られる等、色々。 もめごとの原因となることも
  • 電話を引いている飲食店は、それがステータスであった。 赤(ピンク)公衆電話は、こぞって設置したがった。 電話が有ることは、客寄せ効果も有った。 設置工事を急がせる為に政治家を動かす者もいた。
  • 遠距離で田舎に公衆電話すると、頻繁に落ちる10円硬貨が寂しかった。 田舎との距離を実感するひとときだった。 10円硬貨に両替に走ることもあった(昔は、100円硬貨を使用できなかった)。
そんな時代もあったけ。 携帯電話全盛の現代では、そんなことを気に掛ける若者はいない。
公衆電話の変な利点は、
  • 10円玉が無くなることを理由に、会話の途中でも切ることができる。 
  • 電話が掛かってくることは無く、用がある時に自分が掛ければ良い。(主導的)
ちなみに「日本電信電話公社」 は 「電公社」 と略記するのが正しく、「電公社」 は誤り..と拘る人もいる。  「電信」 と 「電話」 の異なる単語からなることを  と標記するのは誤りとするのが、その理由。
公衆電話には、赤色・青色・黄色・ピンク・緑色・灰色の物が有った。
しかし、赤色・青色・黄色の物は1995年(平成7年)に廃止されている。
お別れ公衆電話(松山恵子