当地のテレビCMで、「介護付き有料老人ホームに入った。娘との関係が近づいたような気がする」 というのがある。
80歳代と見える女性と、50歳代と見える女性が、にこやかに微笑んでいる。
娘に遠慮する心があった母から "娘に世話にならなければ" という重荷が取れ、娘も母を世話しなければならないかも(?) と思う責任から逃れたことから来る微笑みと眺めるのは、世の中を斜めに見すぎだろうか。

妻だから、夫だから。 親だから、子だから。 身近な者だから。 恋人関係だから。 友達だから。
"やってくれて当たり前" ・ "やってくれるに違いない" など等、すべては身勝手な思い込みであり、甘えであろう。
身近な者であるがゆえに冷たく・堅苦しくしなければならない事が多い。
金を貸すのが友達か(?)、貸さずに戒めるのが友達か(?)、という話題もある。

他人であれば遠慮がちに求めることであっても、身近と思えば やってもらえない事に腹を立てる者までいる。
ボランティアに求める事柄と、家族・親戚に求める事柄には、大きな差異があるということだ。

家族といったところで、他人のはじまりである。 人間の初めての敵は兄弟であることは聖書にも記されている。
求め過ぎてはいけない。 望み過ぎてはいけない。 哀れを誘うような行いを示してはいけない。
そして、感謝の心を忘れず、それを表すことを心掛けなければいけない。
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退職親父はガテン」 にも書いたが、退職した親父は、仕事人時代のように妻が行ってくれる事を当然と思ってはいけない。 惚れた腫れたの時代があったかもしれないが、所詮は他人同士。 甘ったれちゃ~イカン。