首相「憲法解釈に固執、政治家として責任放棄」 : 読売新聞
上記記事によれば、安倍総理は 『 「...従来の憲法解釈に固執するのは政治家としての責任放棄だ」 と語った』 とのことだ。 彼の言う 「政治家」 とは何なのだろうか

WikiPediaの 「政治家」 を眺めても明確では無い。
また、三権分立 (立法権・行政権・司法権) から言う権力構図にも 「政治家」 という用語は無い。
WikiPedia:立法権より抜粋引用
国会は、「国権の最高機関」であって、「唯一の立法機関」とされている(日本国憲法第41条)。
WikiPedia:行政権より抜粋引用
「行政権は、内閣に属する」 (日本国憲法第65条)。
内閣は、「首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣」で組織される(日本国憲法第66条1項)。
内閣総理大臣を国会議員の中から国会が指名し、内閣が行政権行使について「国会に対し連帯して責任」を負う(日本国憲法第66条3項)ことから、議院内閣制が採られているものと解される。
辞書や辞典では 「政治家」 という用語の意味を説明しているが、国会の場で総理大臣の答弁として用いる用語なのだろうか 俗称ならば、「政治家(せいじか) 」 と言うよりは、「政治屋(せいじや) 」 と言いたいものだ。

安倍氏は、"立法権" を持つ国会議員の立場で 「政治家」 と言っているのだろうか
それとも、"行政権" を持つ内閣総理大臣の立場で 「政治家」 と言っているのだろうか と、くだらなく悩む
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俺は以前より 「政治家」 を望む者の動機を知りたいものだと思ってきた。
自らの信念を国政に生かして、国の繁栄と国民の安泰を得る為の優れた指導者に成りたいのだろうか
それとも..... 「政治家」 には、指導者になる以外に結構なことがあるのだろうか


故オサマ・ビンラディンの意外な素顔:朝日新聞デジタル
欧米寄りの国々からテロリストとされるオサマ・ビンラディンだが、人道的な側面があったという。
彼が率いたイスラム主義武闘派組織 「アルカーイダ」 は極悪非道の集団として報道されている。
彼が悪人だったのかは知らないが、国家に匹敵するような組織を率いるほどの指導力が有ったことは間違いない。
一般的に "正義とされる側" から "悪とされる側" で指導力を発揮できるのは、悪の仲間の中では信頼があったのだろう。 (※信頼とは、相手を信用し、頼りにすること。)  悪の組織で指導力を持つのは、信頼関係だけでは?

 誰が何と言おうとも、悲しい事に安倍総理大臣は日本国の指導者のひとりであろう。
彼は信頼されているのだろうか 少なくとも、俺は100%信頼していない。
彼に 「政治家の責任」 を力説されながら、自国防衛と称する戦争への道を進みたく無い。
彼が 「政治家」 を目指した動機というものを聞いてみたい。
多くの辞書で政治家を、 「職業として政治に携わっている者」 と説明している。
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