最近では、デジタルカメラの利用者が多く、フィルム式のカメラを利用している人を見掛ける事は少ない。
デジタルカメラでも、カメラの形をした物では無く、スマホや携帯電話の付録を利用する人が多いのだろうか。

昔は、「カメラ」と言えば、もっぱらフィルム式のカメラであった。 カメラの歴史
どういった経緯なのかを聞いたことは無いが、親父は蛇腹式のカールツアイス製カメラを持っていた。
求めたのは古く、当時東京消防庁に勤めていた関係から、日本橋消防署の望楼から白木屋の火災を撮影した。
また、中国やビルマでの戦争に関する写真が、アルバム数十冊に納められていた。
消防車の運転手をしていた為、戦地においても司令部付き運転者をしていた為に、できたことだったのだろう。

終戦となり復員してから務めた秋田県での仕事でもカメラが活躍していたようだ。
仕事ばかりではなく、まだカメラを所持する者が少なかった頃に、知り合いの写真を撮っていた。
そんな親父を見て育った俺は、カメラは憧れの品物という事になってしまった。


カメラは、随分と買い漁ったものだ。 以前、ここ10年ほどの間に使い今も所持しているカメラを記録してみた。
これまで使用したカメラは百台以上だろうが、断捨離が好みの俺は、新しい物を入手すると古い物は処分した。
それでも、現有の物の中でフィルム式カメラが3台も有る。アサヒPENTAX MZ-5 には、フィルムを入れた事が無い。

デジタルカメラが全盛となった今、フィルムが販売されているのかさえも確認した事が無い。
そもそも、今でもカメラ屋でフィルムを現像したり焼き増ししたりしてくれるのかも知らない。


カメラと言えばフィルムが当たり前であった高校時代の部活では、登山同好会と共に写真愛好会に参加していた。
山で写真を撮っても、フィルムの現像や焼き増しをカメラ屋に頼むと代金が高かったので、自前で行う為に写真愛好会に入ったのだ。 暗室を自前で設ける事は無理であり、現像液等を共同使用することで幾分安上がりだった。
とは言うものの、そもそもフィルム自体が高価であった為、シャッターを切るのは余程の場面であった。
今時のように、連写で 「下手な鉄砲も数打ちゃ」 なんてことをしたら、小遣いが無くなってしまうのだ。

当然、用いるフィルムは白黒だ。
フィルムの規格が35mmに統一されつつあった時代で、パトローネ入りの物がコニシロク(サクラフィルム) ・ 富士フィルムからも発売されていたが、コダックフィルムを使えるとなんとなく優越感があった。
既に35mm版のカラーフィルムも発売されていたが、貧乏な高校生がおいそれと買えもものでは無かった。 しかし、量販化が進んだため、山の写真には白黒よりはカラーを用いるようになった。
それでも、フィルム代を安くするために、オリンパスのハーフサイズカメラは重宝した物だった。

今時では、高価なカメラを求めずとも、気軽に綺麗な写真を簡単に撮影できる。
そして、プリントアウトしなくとも、簡単に写真を見ることができる。 さらには、ブログ等で公開することもできる。
でも、顔写真の公開は止そう。 

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