2/14から東日本を襲った大雪により、アチコチの集落等が孤立したようだ。
あれこれの援助のおかげで、数日前から道路は除雪されたようだ。しかし、未だに孤立者がいるとの報道である。
テレビ報道で見る限り、その孤立者は 除雪された道路からは奥まった位置に建つ家に住む高齢者である。
道路(公道)は行政が除雪することであるが、私有地内の除雪は所有者のするべきことだ。 所有者が高齢であるか否かは、別の問題であろう。

住む家迄の道が除雪できず高齢者が難儀していることを知れば、救助の手が差し伸べるかも知れない。
昔のように きちんとした集落制度が有るなら 若者が救助してくれるだろう。
集落制度が崩れた現代ならば 自衛隊やボランティアが救助しくれるかも知れない。

いずれにしても、救助されることが当然では無い。
救助者に感謝することだ。 
「薬が切れる」 とか 「病院に行けずに辛かった」 などの愚痴は、感謝の言葉の後だろう。

他人の援助が無ければ暮らせない者は高齢者に限らず、平坦な地で家族とともに暮らす方法を考えるべきだ。
これは、これから起こるであろう地震・津波・水害・噴火等の想定外な自然災害でも同様であろう。

昔、テレビのドキュメンタリーを見た。
10年ほど前に見たそれは、山奥に住む老夫婦の生活を取材したものだった。(記憶はアヤフヤである。)
人里離れた山奥の(東京都の多摩地区だった?)舗装されていない林道脇を夫婦で開墾した土地に家を建て、畑を作り、5人ほどの子供をもうけた夫婦の取材が始ったのは、夫婦が70代を過ぎた頃からだったろうか。
夫婦は殆どを自給自足しているが、足りない物は町まで買いに出かける。
交通機関が無いので、夏は爺がオートバイで1時間以上、冬には爺の運転するスノーバイクに2人乗りしての買い物だ。 或る雪の日は、帰宅できず2人で野宿。
そんな生活だったが、子供達に山を降りて同居する事を勧められても、山で死ぬ事を選んだ夫婦だった。

電気もガスも無い家での夫婦の暮らしを淡々と取材したドキュメンタリーだった。
年を重ねては思い出したように撮影に行く、そんな取材である。

或る年、夫婦は敷地の中に1本の木を植えた。
次、そしてその次と重ねる取材の中で、その木はドンドンと大きくなり家に日陰を作る程に育っていた。それは、夫婦の年輪でもあったのだろう。  
取材者の問 「寂しくは無いか?」。 爺の答え 「2人でいるんだから寂しいハズない」

或る日、訪ねた際、取材者は爺が死んだことを知った。
婆は、山を下りて同居することを子供達に奨められたが、爺が死んだ家で死ぬ道を選んだことを話す。
婆は、爺が生きていた時と同じに自給自足の畑を まがった腰で耕していた。
夏には歩いて町に買い物に行けたが、冬は出かけることができず保存した畑の作物を食べて暮らした。
そんな暮らしを数年取材するうちに、婆が畑を小さくしはじめる。 1人で食べるには広すぎると言う。
更に或る日、夫婦で植えた木を切りはじめた。  取材者の同問に婆 「爺ちゃんトコに行きたい」
何故木を切るか?の問いかけに 「お世話になった自然は、自分達が壊す前の自然に戻すのだ」 と。

或る日 いつものとおり訪ねた取材班は、通行が無い為ペンペン草が生えてきた林道と 雑草が生い茂る家の有った場所を見る。 そして、婆も逝かれたことを知る。  大きな木は無くなり、土地には陽が差していた。
それで このドキュメンタリーは終わった。 なぜ この夫婦の取材を始めたのかは判らない。
どこにでもいそうで..誰でもできそうで...   不思議な夫婦の記録である。

自然溢れる場所で自然に暮らすことを望む人は、自分が自然に帰る方法も決めておこう。
孤立化した人々の有様を聞くにつけ、改めて思い直す我輩である。