俺は髭が濃い。
仕事人時代は、夜の入浴時と朝の出勤前の髭剃りを励行していた。
親父も髭が濃かった。
軍隊時代には、大隊長よりも立派な髭を蓄えていたたと聞く。
大隊長の運転手だったが、上司よりも部下の方が風格が良く見えた為に剃り落とすことを考えたが、隊長が伸ばしておけと言われ伸ばしたのだそうだ。 その為。仲間内では「髭隊長」と呼ばれたそうだ。

戦争時代、すなわち男が男であった時代、男の美学として髭を蓄えていた。
生理的に女性には生えない髭を生やし、それを美しく見せることで男を示していたのだろう。
髭は、剃るよりも、生やすことそして美しく保つことの方が手間も暇も掛かる。

中越地震の復旧支援で新潟支店に長期滞在した際、地元の者が長い髭を伸ばしていた。
いつもは髭を剃っていた者の行いに疑問を持ち経緯を尋ねたところ、「髭を剃る道具が無いままに時が経った」とのことであった。 その後、数ヶ月が経って剃ろうとした髭は、硬くてなかなか剃れなかったそうだ。

男の美学を誇れた時代には、男は美しかった。
髭を伸ばすことも自己主張であり、美しい鎧を、軍服を着て、男であることを主張したのだろうか。

現代では、男であることを主張できる場面は極めて少ない。
むしろ、男であることを主張する必要性が無くなった時代であるというべきだろうか。
世の中には男と呼びたい者は極めて少なく、性別として男性がいるだけだ。
テレビCMでは、髭などという物が生えたことなど一度も無いようなツルツルスベスベの顔に剃刀をあてている。


俺が中学生になり、生意気に鼻の下に毛が生えてきた頃に「逆さ剃りをしてはいけない」事を親父に教わった。
剛毛になってしまうからだ。 男親から見たアドバイスだったのだろう。
しかし、髭の濃さが男らしさ、と思っていた俺は逆さ剃りばかりし、男の美学ナゾは無いにも関わらず髭だけは濃い。
仕事人を退いた今では毎日の髭剃りが不要となり、2日で無精髭の怪しい人物と化してしまう。
髭を伸ばして日々手入れをするほどの美学も持ち合わせていない。

しかし、何かと情けない事だらけの世間を見聞きするにつけ、髭でも蓄えて、やかましい爺になろうかとも思うこの頃だ。

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