世の中に、人が考えるような正しい事は無い。 もしも正しい事があれば、数学で証明できる事だけであろう。
それにも関わらず、人は真理を追い求めて哲学や宗教に走る。 生き方を求めてあがいているのだろう。
宗教の教えを妄信したところで、行き着くところは人の生死に関することだろう。 哲学は宗教に酷似している。
自分が生きることに定めが無いように、他人を殺すことに正義は無いはずだ。
自分が生きることに意味を見出している人は少ないだろう。
それにも関わらず、人は自分が生き残る為に他人を殺してでも平和を叫ぶ。
平和とは、所詮は自分自身にとっての平和であり、他人の平和はついでのようなことだろう。 と、俺は考える。

平和を守る方法にも色々とあるが、その一つは相手よりも強くなることだ。
相手に付け入る隙を与えないほどに強くなることだ。
自分だけでは太刀打ちできない相手に対しては、味方を作って徒党を組んで立ち向かうことだ。
と考える人達も大勢いるようだ。 少なくとも、安倍総理をはじめとした戦争法案推進派は、そう考えるらしい。
安保法案の早期成立求めフォーラム設立 櫻井よしこ氏ら:朝日新聞デジタ:朝日新聞デジタル

 俺は、いつも安倍総理の悪い面しか見ていないのかもしれないと考え、改めて良い面を探してみたい。

芸能雑誌などては信憑性に乏しいので、私生活については知ることはできない。よって、良い面も不明だ。
WikiPediaでも書かれている安倍晋三氏については、(2015/08/14版に固定リンク)
  1. 1954年(S29) 9月21日、東京都生まれ(本籍地は、山口県)。 家族・親族の系譜はリッパなものである。
  2. 成蹊大学法学部政治学科卒業後、神戸製鋼所社員、外務大臣秘書官を経て、父・晋太郎の急死により
    1993年(H5) に衆議院議員となる。
  3. 2003年(H15) 9月、小泉首相によって自民党幹事長に抜擢された。
  4. 2005年(H17) 10月、第3次小泉改造内閣で内閣官房長官として初入閣。
  5. 2006年(H18) 9月、小泉の任期満了に伴う総裁選で自由民主党総裁に選出、臨時国会において内閣総理大臣に指名。 戦後最年少で、戦後生まれとしては初めての内閣総理大臣。
というリッパな出世物語である。 父上も、爺さん叔父上も草葉の陰で喜んでいることだろう
山口県大津郡日置村(現長門市)の安倍家は、江戸時代、大庄屋を務め、酒や醤油の醸造を営み、やがて大津郡きっての名家と知られるようになった。
祖父の安倍寛が日置村村長、山口県議会議員などを経て、1937年、衆議院議員に当選し政治一家となった。
安倍家の元家政婦は東北地方に飛び、安倍一族の関係地と言われた地域の市町村役場などを丹念に回りながら、各地に古くから伝わる家系図を調べ歩いた。 その結果、油谷町に住み着いた一族が安倍宗任の流れをくむ者たちであること、青森県五所川原の石搭山荒覇吐(あらはばき)神社に始祖である宗任が眠っているらしいことを調べ上げたという。


.....と、色々と調べてみたのだが、俺としては、彼を褒めるネタを発見できなかった。
何かしらのネタを見つけて褒めたら、"褒め殺し" ができないものかと頑張ったのだが、残念である。
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戦後生まれとはいうものの、何とも自我が有り過ぎ...無さ過ぎ...
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70年談話:安倍カラーを抑制 支持率急落受け軟化 - 毎日新聞
結局のところ、自身としては信念があるのかも知れないが他人にそれを説明する事が下手な安倍総理が、4つの「キーワード」に関して云々するマスコミに屈服したということだろうか。
そもそも、70年談話(安倍談話) が必要だったのだろうか。 50年、60年と続いたから、惰性で行ったとも見える。
節目というけれど、10年の短いサイクルで節目を行う必要性は無いと考える。
発表する談話の内容があの体たらくでは、「やらない方がマシ」 ということだ。 やりたかったんだね~安倍君も
関連過去記事:「安倍談話」ね~