母は唄を歌うことが下手だったようだ。 物心ついて以来、母の唄を聞いた覚えが薄い。
自己を大声で表現することは美徳とされなかった日本の、秋田の片田舎であれば尚更のことだったかもしれない。
それでも、上手いと評判の立つような人は、民謡を歌っていた。

そんな母だったが、駄々をこねてねだれば 「しょうがないね~」 という感じで歌う唄があった。
何曲のレパートリーが有ったのかは数えたことが無かったが、記憶にあるのは2曲だけだ。
1曲は、楠木正成・正行父子が訣別する様子を歌った 「青葉茂れる桜井の」 である。

もう1曲は秋田県鹿角地方の唄らしく、曲名を知らないまま今日に至っている。
鹿角地方では有名な湯瀬温泉で歌われている曲らしいのだが、よく判らないので、地域の物知りでネットに暮らしい桜田守宏氏に教えを請うた。 同氏のホームページに紹介されている 「湯瀬村こ」 とは違うことを述べたところ、「湯瀬小唄」 であろうとのことで、湯瀬温泉姫の湯掲載ページを教えていただいた。

「湯瀬村こ」 はそれなりに有名らしいのだが、「湯瀬小唄」 は知名度が薄いようだ。
調べると 「湯瀬小唄」 は、鹿角出身の小田島樹人の作曲との事だ。


母がなぜあの唄だけは歌ってくれたのかは、今さら知ることはできないが、細い声で小さく歌う姿を思い出す気がする。 あの頃は30代だった母に、何かの想いが有ったのだろうか
大楠公・桜井の別  歌詞