今は西暦2014年。
この二千年の時の流れは 何だろう。

人間の寿命からみれば、たかが百代(100人)の歴史である。 大目に見繕っても、百五十代ということだ。
(時間の物差しが違うが、1例として日本の歴代天皇は、初代・神武天皇から今上天皇まで、125代が挙げられる)
しかし、西暦元年に生きた先祖のことを知らない。 先祖が生きた時代の出来事を知らない。
そんなに振り返らずとも、江戸時代 - 明治時代に生きていた爺さんのことを知らない。 彼がどんな事に遭遇したのか、何をしたのか知らない。 どのように産れ、そして死んだのか知らず、知る努力もしない。

現代では、歴史の研究が進み、歴史書としてや、インターネット上にも公開されている。
しかし、禁書焚書が行われた過去がある。 焼却されずとも、図書館の火災もあるだろう。 書物は燃える。
インターネットに公開された物やパソコンに収録されたデジタルデータは、「核戦争や電磁波の乱れ」 により消滅する場合があるとのことだ。
「核戦争や電磁波の乱れ」 が無くても、予想されている大地震が発生した場合には東京等に設置されたコンピューターは壊滅状態となり、デジタルデータは消滅するのではないだろうか。

このような危うい歴史に異存するよりは、記憶を継承することが大事なのかも知れない。
古くから残る口伝えの童話・民話・伝説・神話・寓話が、それなのかも知れない。
それとも、壊れないような石造りのモニュメントを残すのか?

マスコミは、「朝日新聞社阪神支局襲撃事件」や「御巣鷹の尾根に墜落した日本航空123便」等の最近の事件・事故・災害について、当日になると特番として報道する。 レクイエムのつもりなのだろうか??!!..それとも注意喚起?。
予想されている大地震が発生した後にも、その報道が続けられ、我輩のボケてきた記憶が蘇るのだろうか??

3年前の今日は、東日本大震災福島第一原子力発電所事故が発生した。
これらの被災者(被害者)は、語り伝えると宣言している。
しかし、現在生きている人達が逝った後にも、歴史として、記憶として、未来に伝わるのだろうか?!
東日本大震災ばかりが大々的に取り上げられる中で、同日に発生した長野県北部地震は、すでに無かったかのごとしになり、取り上げられる事が無い。 あの地震でも死者は出ているのに..


太平洋戦争惨事の記憶は風化しつつあり、安倍政権は「強い日本」を求めている。
現代日本にとって重大な出来事であった明治維新は、歴史の図書に埋もれた。
四百年ほど前の関ヶ原の戦いは、時代劇として持て囃されるドラマとなった。 etc.
人間の記憶とは そんなものなのだろう。 すべては、歴史書の中に埋もれ、そして忘れ去られる。
大勢の人が死んだこれらの事件が繰り返されないことを求める者は少ない。 否、繰り返されないと盲信している。
自分の廻りでは平和が続くことを盲信し、その平和が崩れた時に嘆き悲しむのが人間(日本人)なのかも知れない。

忘却することで再生し、そして同じ過ちを繰り返す....それが人間の性なのかも知れない。
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予想されている大震災についてマスコミは、危ないよ と脅かすばかり で、正しい道は判らない。
人智により回避できるハズの原発の是非検討は、無駄に時間を費やすばかりで、進展を見ない。 
政府は何をしてるのか判らない  そして、歴史は繰り返される。
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親は過去わが身は現世子は未来 後生大事と子をば育てよ - 一休宗純