過日、市役所の健康診断(ガン検診) の結果、間質性肺炎の初期との診断を受け、禁煙することになった。
この診断結果は、ある意味では「死亡宣告」とも取れなくはない。 それとも「余命告知」の前置きと言うべきか。

俺と同様に愛煙家の女将にも肺炎等の検査を勧めたが、却下された。
ガンであることが判っても取り立てて禁煙をするつもりは無く、これまでどおりに生活する。その結果、寿命は縮むのかもしれないが、それも人生だ。病気である事を知らされるよりは、知らないままに一生を送るので良い。
というような内容を仰る。 それも最もな考え方だと思い、それ以上は勧めないでいる。
もっとも、俺が間質性肺炎になったのは肺炎球菌ワクチンを接種による副作用と邪推しているから、ワクチン接種していない女将は無関係であろうと読んでいるのだが。 肺炎球菌ワクチンによる副(副作用)
季節性インフルエンザワクチン接種後に発症した間質性肺炎の 1 例反応(PDF)
間質性肺炎には引き続き注意を、「安全性には問題なし」◆Vol.52|医療維新 - m3.comの療コラム
ワクチン接種後、間質性肺炎などの増悪例が目立つ:日経メディカル
俺が間質性肺炎になった原因としては、他に考えられない
俺にしたところで、「大きな病気は無い」という明るい診断結果を期待する可愛いヒツジさん状態で健康診断に臨んだのであり、「こんな診察結果になるのであれば受検しなかった」という身勝手な考えは有る。
♪ 知らなきゃ良かった今夜の私...ということだろうか。

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つい半世紀ほど前までは、ガンは不治の病として恐れられていた。 死亡宣告や余命告知に近い「ガンの告知」の是非論が有った。 現在では早期発見による治療で死亡率が低下した事と、告知することにより「患者の理解の元での治療が必要」であろう事から、「ガン告知」は一般化されているようだ。

医師は「放置すれば、余命○カ月」と言う。
放置しない状態とは、薬漬けの検査だらけということらしい。その結果、何年の延命ができるのか(?)は知らされないようだ。 既に動けなくなった者なら兎も角、ガンとは言えども通常生活を送れる者が治療の名の元に病院のベットに括り付けになってしまうのは考えさせられる。しかし、それは患者の身勝手な言い分で、治療をする以上は、患者に告知し、患者の理解の元に治療に当たらなければならないと医師は言うのだろう。

しかし、すべての患者が治療を望むとは限るまい。
長い期間を病院で治療生活を過ごして、延命を望む者ばかりとは限るまい。
また、経済的な理由から、高額な費用が掛かる治療を受けられない者もいるだろう。
蛇足になるが
 旧の病院の医師は高額な医療費を要する場合は、本来の医療費と健康保険適用後の支払いの概算額を教えてくれた。金額を知らせて、それでも治療を希望する場合は医療行為を行った。
これを、取り損じの無いようにとする根性と見る人もいるらしい。 しかし、俺は大歓迎である。
 一方、今の病院の医師や看護師は、医療費の金額を知らせることなく医療行為を行う。その為、支払いの場面になってから窓口で仰天する人も見受ける。 患者としては、せめて10万円は所持しなければヤバイ。
金額によっては、医療行為を辞退する人もいるのでは(?) ....とは、考えすぎだろうか。

病気である事を知らないままに、或る日死ぬという道も、古くからの人間の生き方のひとつだ。
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ガン検診等の健康診断で早期発見・早期治療を行うことが人命に関わることであり、結果的には国家として医療費削減になるとのことだ。 そのせいなのか(?)、医師は積極的に病気(病名) の告知を行うようだ。
そして、治療の結果の延命期間の長短に関わらず、何らかの治療を行うようだ。(患者の意向を尊重する姿勢は示すものの、「医者の言う事を聞かなければ、明日死んでも知らないよ」という姿勢は隠さない。それも、白い巨頭に関わる者としては致し方ないことかもしれない。)
特定健診や特定保健指導を大きなお世話と言えば叱られそうだが、健康面では手遅れの人が多いということだ。

 「病気の告知を受ける事」の是非について、俺は持論が無い。 しかし、女将の考え方は、多いに理解する。
むしろ、これに賛成であり、「健康診断の結果でガン告知をされるのならば、健康診断を受けたくない」と考える。
ガン告知を受けて、治療を受けながら病院で一生を過ごすよりも、短くとも病気であることを知らされないで死にたい。 「病人だ」と教えられたところで、モルモットにはなりたくない。 勿論、寝たきりはゴメンだし、延命治療は絶対に受けたくない。 多少なりと意識の有るうちに、ポックリと逝きたいものだ。

とは言うものの、俺は死に方のメニューが多い。
死に損なって迷惑を掛けるのは信条に反するから、心筋梗塞 or 呼吸困難が望むべき献立だろう。

 以上、愚痴ともつかない事を書いた。
要するに俺としては、「病気の告知」を受けたところで、何も変わることなく生きよう。 そして死のう。
これは、昨日今日に始まった決意では無かったはずだ。
事件・事故や自然災害での死は、いつでも突然訪れる。 仰天せず、淡々と向かえたいものだ。

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