日本の祝日に「文化の日」というものがある。 なぜか、勲章をもらって喜ぶ人が報じられるが、それが目的の日ではあるまい。 「文化」とは何ぞや?...なんて~事を考えても、朴念仁の俺には理解が及ばない。
少なくとも、パソコンを用いて書くブログが文化であったとしても、パソコンいじりは文化ではあるまい。

洋風建築の家では、絵を飾っていることが多いようだ。和風建築でも、襖や屏風に絵を描く金持ちが多い。
「絵を飾る」ことと、「絵を鑑賞する」ことは、異なることなのだろうが、いずれの趣味なのだろうかと不思議を覚える。
それでも、売買に値するような傑作を所有ししている人達ならば、いわゆる高尚な趣味と呼べるのだろうか。

巷には、「絵を描くこと」を趣味としている人達も多い。
中には極めて上手な人もいるようだが、紙や絵の具の無駄と思える人達がほとんどだろう。
それでも、自分が描いて、自分で鑑賞している限りは、他人がどうこう言う事ではないだろう。
しかし、自宅だけでは飾れなくなる為なのか、他人に見せたい為なのか、の事情は知らないが、他人に贈呈したがる人がいる。 持ち込まれるだけでも迷惑だが、感想を求められても困る。 本心で「へたくそ」とも言えないだろう。
趣味の絵描きも悪くはないが、自宅で飾れる程度の量にしてほしい。 いらなくなったら、自己処分してくれ。


無趣味な俺は折り紙でもとも思うのだが、折り紙も絵画と同様にゴミの原因になる。ゴミを出さない趣味が良い。
古くは、灰皿の敷物などを作っては配ることを趣味とする人もいたが、邪魔になる場面を考えて欲しいものだ。

人の良かった親父の元には、町内会の年寄り仲間が描いたという油絵を持ち込まれていた。そんなヘタッピーな絵にも関わらず親父は義理褒めした上に気持ちばかりと称して金銭を払っていた。持ち込む者にとっては、都合の良い処分場(ゴミ捨て場) と言うべきだろう。 親父が死んだ後でも、油絵の処分は面倒だった記憶である。

 最近ではカメラが安価に手に入る。焼き増しの必要も無い為、極めて気楽に写真として公表できる。 その為、昔ならば恥ずかしくて人前には出せないような写真を公然とネットに掲載する人が多い。 こまったものだ。
絵画もそうだが、写真は殊更に、他人様に見せようと思えるほどの傑作は稀有であることを心得てほしい。
自分の撮る程度の写真は誰でも撮れる。ましてや、共通の趣味でもない出来事や、身内の写真なんぞを見せられても「だからどうした」ということだろう。

また、自分の管理するブログやホーム ページに掲載するのならばまだしも、わざわざ他人の管理する物に掲載する者までいる。 結果的には、嫌でも目に触れる事になってしまうのは、その人達の作 戦なのだろうか。