2011/03/11の東北地方太平洋沖地震東日本大震災)から5年が経つ。

あの頃は、前年より始めた終の棲家探しが済み、2011/06の家屋が立ち上がるのを待っていた。
また、鎌倉を転居した後に退職するまで仮住まいするアパートを探し始めなければと思っていた頃だ。
自分の過ごしたあの日を思い出してみても、既に実感が薄れはじめている。
震災関連死、3405人 福島は直接死上回る:朝日新聞デジタル
今週になってからのマスコミは、予想される災害や、東日本大震災の被害に遭った人々を報道している。
しかし、所詮「人とは忘れる動物」である。 忘れる事でストレスを発散しているとも聞く。
震災と原発事故の経験を伝える 消防職員の手記が冊子に NHKニュース
伝承したい事は石に彫るしか無いであろうし、それですら半世紀も経てば忘れられるのだろう。
終戦から71年目となった今年、戦争法の名の元に再び戦争ができる国家となり、戦争を知る人は消えつつある。

地震発生時には、“生き残ったものにしても帰宅困難者になるから事務所にいろ” とマスコミが報じているにも関わらず、未だに自宅に帰りたがる親父が多いようだ。東日本大震災による帰宅困難者でも読み直したい。
避難経路を知ることは当然だが、一時避難場所広域避難場所は下見が必要だ。特設公衆電話が欲しい。
なによりも「津波てんでんこ」であろう。 必死になって自宅に帰る親父を充てにして待ってる家族ではだめだ。

小説「日本沈没」に学ぶのも道かも知れない。
小説家の描く空想の方が、馬鹿ったれ政治屋の妄想よりも真っ当である。

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