昔々、太平洋の片隅に日本海と呼ばれた海があり、日本という国があった。
極東地域での核兵器使用により、以前より不安定だった地殻の変動が発生し、海中に没した国だ。
生き残った日本国民は世界中に散らばって暮らしているが、世界から不思議がられた日本人らしさ既に無い。

事の起こりと言えば、大震災として日本人の中で語り伝えられている地震により発生した大津波と原発事故だった。

大震災が発生した頃、大震災の被災地に住む日本人は、それまで住んでいた場所を復興させる夢を強く考えた。
そして、その夢の実現に向けて動き出した。 しかし、被災地に住んでいた者は多く、その夢も色々だった。

被災地の行政機関は、その夢をまとめることに走り回ったが、まとめることは大変な作業であった。
被災者も、そして被災地の行政も、被災地での復興を夢に描いていた。 高台移転、嵩上げ工事、etc.
被災地以外での復興があり得ることを考えず、考えても実行することなく、夢の実現に向けて走った。
そして、時間だけが過ぎ去った。 時間とともに、金も失った。

金とともに、被災者からは年齢も奪われた。 被災時は若く、夢を抱き実現を誓った者達は年老いていった。
被災者を引率する者は世代が変わっていた。 そして、実現したい夢も変わっていた。
被災地で復興しなくとも新しい土地で暮らせば良いことであった。年老いた被災者が夢見た土地は過去の遺物だ。
年老いた被災者が被災地で死ぬことを望むのであれば、それは彼らの自由であり、若者には無縁の事だ。

災害発生時に、被災者や被災地の行政は、被災場所での復旧・復興に拘り過ぎたのだ。
彼らがそれに気が付いた時には、時間が経ちすぎて、金を使い過ぎて、もう後戻りはできなかった。
そして、気が付いても、口に出しては言えなかった。
復興はおろか復旧すらできない事を知っていた“時の政権”であったが、交代してしまえば知った事ではなかった。

時ばかりが過ぎゆく中で、実直な日本人の実直な人々は自らを鼓舞していた。
自らを鼓舞する以外に、未来が無いかのように。
そして、第二波の大震災が起こった。 それが発生する事を日本のマスコミは報じていたが、国は何の対策も無かった。 そして、日本は世界地図から消滅し、生き残りの国民は世界に散らばって暮らす道を選ぶしかなかった。

今、アフリカ高原で暮らすこの若者は、そんな人々の末裔なのだろう。 既に日本人らしさはうかがいしれない。
土地に拘り、人に拘り、見知らぬコミュニティを拒み続けた、島国しか知らない国民だった。
色々と拘り過ぎた為に、国を捨てて新しい暮らしをすることができなかった独善的な民族の生き残りなのだろう。
そして、日本という小さな島国の地震に振り落とされて、脱出するという生きる道を選んだ人達の末裔だ。
昔々の被災地には『風の電話』が有ったという。

3.沈んだ未来 - 騒ぐ日本族
2.日本発見
1.そして日本人が消えた
過去記事
「日本沈没」に学ぼう
集団移住も選択肢
被災者は新天地を求めよう
東日本大震災から5年

「日本沈没」予告編