還暦とはよく考えられた言葉だ。  廻る暦。 終わりの無い暦。
WikiPedia:還暦より抜粋引用
還暦
(かんれき)は、干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支に戻ること。通常は人間の年齢について言い、数え年61歳(生まれ年に60を加えた年)を指す。本卦還り(ほんけがえり)ともいう。
また、30周年を半還暦(はんかんれき)、120周年を大還暦(だいかんれき)という。
要するに、人間を60年も続ければもう一度生まれ変わったかのごとくに成るということだろうか。

生まれ変わったか(?)は知らないが、人生を60年も続けていると大概の事は経験済みである。
最近のテレビでクイズ番組が増えてきているが、出題者の若造にしてみれば新しい知識なのかもしれないが、還暦爺にしてみれば「そんな事がクイズになるのか?!」という程度の内容だ。

雑誌の類は、30年前に受けた記事を復刻して記事にすれば、再評価されて受けるとの事だ。
30年前の記事であれば、新しく目にする者が大半であるということなのだろう。オギャーと生まれても30歳也。
雑誌に限らず、テレビやラジオの報道も「昔聞いた」ことを繰り返されることが多くなってきた。

これを「物知り」ととるか、「人間が長い」ととるか、は微妙なことだろう。
居酒屋などで年寄りが蘊蓄を語る景色を見かけたが、その程度の事は長い人生を送ってくれば知っていて当然だ。
とは言うものの、「知らない事は何度生き返っても知らない」のだろう。政治的な秘密や、医学で殺人ができる事などは、凡人が知るべき範疇ではないということだろう。

俺が成人式の年頃には還暦まで生きれば長生きの人だったろう。 そして、その人達は慎み深く、尊敬される生き方をしていたのだろう。 それなりの尊敬を受けて、長寿を真っ当していたようだった。

最近では還暦を向かえないで“河を渡る”人は少ない。 目的も無いままに、健康を気遣って長生きに努めている人が多い。 俺なんぞは自死する勇気も無いままに、無駄な日々を送っている。 それでも“自尊心だけは一人前で、尊敬してくれない世間を恨みながら悪態をついているような爺”ほどではないだろうと自負している。

還暦という言葉が生まれた頃に思いを馳せて、一巡することができた人生を省みて、新しい余生の過ごし方を考え直そう。 必ず来る“死”に怯えて、打ちひしがれているのは無駄な生き方だ。 充分に生きたこれ迄の恩返しを。