高速道路の逆走など、高齢者が起こす事件がマスコミに取り上げられる事が多くなった。
人口比からすれば、高齢者の占める割合が増えているのだから、出現率が上がっても当然だろうか。
また、高齢者である俺が関心を持って眺めているから、多くなったように感じるのだろうか。
いずれにしても、高齢者が起こす事件が増えていることは間違いなく、マスコミが取り上げない出来事を含めれば、とても多いのだろう。 明日は我が身と考えると、事件の内容にも踏み込みたいものもある。

高齢者の起こす事件で、「認知症の妻を、それまで介護してきた夫が殺す」事が続いている。
この類の事件では、“妻が夫を”よりも、“夫が妻を”というパターンが多いようだ。
前記の場合、“妻は、夫を最後まで(死に至るまで)介護している”等、要因は色々と考えられる。

後記の場合も色々な要因があるのだろう。
その要因の中でも、「こいつ(妻)を残していけない」という夫の思いがあるのではないだろうか。
愛する妻であるが故に認知症になっても介護を続け、自分自身(夫)の体力の限界を感じてきたが為に、自分(夫)以外に世話する者がいない妻を残して自分が先に死ぬわけにはいかないと思い込むのではないだろうか。
何でも自分でやらなければ気が済まないタイプ。 自分が死んだ後のことまで、すっかりと整理して置かなければ気がかりなタイプの男性に多いのだろうか。 俺自身は、身に覚えがある。

このような思いは、障碍をもつ子供を思う母心にも似ているのかも知れない。子供の養育に疲れて、「この子を残して死ねない」と道連れにする母親もいる。 このケースならば子供を道連れにしなくとも社会的な救済方法があるのでは(?)とも思う。 しかし、認知症の高齢者を社会的に救済する方法は無いだろう。公的な楢山施設ができるか。
そんな社会情勢の中で、類似した事件は増えるのだろうか。
団塊の世代と呼ばれる年代が一掃されれば解決することに、政治としては気配りすることはないだろう。
気配りする政治を試みるにしても、具体策は思い当たらない。 最終的には、家族で解決するしかないのだろう。

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「花と小父さん」に歌われる小父さんの“花”は なんだったのだろう。
“花”を摘んで家に連れて行った小父さんは、散っていく“花”を看取る責任を感じたのだろうか。

花と小父さん 歌:伊東きよ子     作詞:浜口庫之助     作曲:浜口庫之助  歌詞