秋田市に住んでいた高校時代までは、欲しい本ができても、すぐに入手できなかった。
大きな町の本屋は有ったものの、所詮は田舎町のこと。
展示スペースは有っても、どの本が売れるのか(?)読みきれなかったということだろうか...並べられた本は少ない。
定期購読している月間図書等の新刊図書欄を眺めて、欲しい本を注文するしか手段が無いのだから致し方無い。
これは、大人も同様であった。 暇な高校生は時間を作っては本屋に顔を出していたが、忙しい親父には「ご注文の品が入荷しました」的な葉書が届いていたっけ。 店頭で注文し、手元に届くのは、運が良くて1ヶ月掛かっていた。
本というものは、そのようにして買うものだと思い込んでいた青春時代であった。


就職し横浜に住み始めてからは、ポッと出の俺は横浜の何処に本屋があるのかを知らなかった。
そのため、通勤に利用していた京浜急行の川崎駅付近に電車から見えた本屋をもっぱら利用していた。
その本屋たるや、秋田の本屋とは比べるべくもない品揃えであった。 欲しい本が店頭に並んでいて、即座に入手できるという便利さを体感したものである。 運悪く“注文”ということになっても、「1週間ほど掛かってしまうのですが...」と恐縮して言われると「えっ、1週間で届くんですか」と大喜びでお願いしていた。
田舎町と都会の文化の差異はGパンを買うような場面でも感じていたが、そんなものだった。

今では、川崎駅前の本屋なんぞはこれまた田舎になってしまい、「発売されている図書の殆どが展示されている本屋」なんて物がある時代だ。 ※WikiPedia:八重洲ブックセンター 後は、国会図書館かな?

しかし、何でも店頭に並べている本屋は、展示スペースとの兼ね合いが難しいようだ。
また、田舎町に暮らす者にとっては、出かけるという一手間が面倒になる。 その点、Amazon等の通信販売は重宝だ。世界中で販売されている図書は、自宅に居ながらにして注文することができ、翌日には手元に届くという便利さである。希少価値のあるような古物的な図書でさえ、通信販売で入手することができるのは驚きだ。

俺のような無精者には大変重宝な図書の通信販売であるが、購入前に下読みをしたい人にとっては物足りないのかもしれない。

その点では、電子書籍というものは下読みした上で購入する・しないを決められるので、便利である。
世間的には紙の図書との比較論は未だに結論は出ていないようだが、俺的には電子書籍に軍配を上げる。
なんと言っても、眼の悪い俺にとっては、タブレットで文字の大小を調整できることが良い。以前購入した文庫本は文字が細かいので、それを電子書籍として読みたいのだが、すべての図書が電子書籍化されていないのが泣き所というべくか。 その場合、どうしても読みたければ紙図書を買うしか無いが、断捨離を目指す俺としては好まない。

通信販売にしろ、電子書籍にしろ、昔には想像すらできないような便利な購入方法が確立されたものである。
通信販売ではマルチコプターで自宅に運ぶという企画も動いていると聞く。
ある日いきなり庭先に見知らぬ物が荷物を運んでくる図は、あまりゾッともしないが、当地ではまだ先のことだろう。
金沢市のベットタウンである当地にもツタヤがあり、市販図書はそれなりに展示されているが、年に一度カレンダーを買う際にしか利用していない。 もっとも、展示された図書を眺められるほどに良い視力ではないしね

関連過去記事:タブレット購入検討-纏め / 図書の電子化を模索中