インターネットを始めた頃、HTMLやCGIで作った掲示板を寄せ集めてホームページ作りを楽しんでいた。
ホームページ作りのツールをXOOPSに移行する以前には、CGI等の面白い機能を持つ掲示板などを探しまくっては設置して喜んでいた。 最近は調べた事が無いが、当時のCGIなどでは随分面白い物が多かった。

 そんな俺のホームページの来客として“ヨッシー(yoshi - ローマ字だったが、つづりは忘れた)”が現れた。
当時の個人のホームページの掲示板に“公園デビュー”することはそれなりの度胸が必要だったようだ。 現在のブログでも、コメントを書こうかどうしようかと迷っている人がいるようだが、あれと似たようなものだろう。

まるで旧知ででもある者のような書きっぷりで“公園デビュー”したヨッシーとはすぐに打ち解けた。
後になり判った事だが、ヨッシーは宮城県仙台市の国分町でも5本の指に入るクラブを経営するママさんだった。
ママといっても、まだ25-6歳だったようだ。そんな年齢で天下の国分町に自分の店を構えるとは、大した女だ。
国分町のクラブ・ママということで、彼女の店には東北のゴルフ関係の来客が多かったようだ。 それらの来客とはネットの世界でも交友が多く、ヨッシーのホームページはいつも賑わっていた。なんせ、バブル絶世の頃だ。
しかし、その賑わいはヨッシーがガンになるということで、あっけなく幕が引かれた。
「退院したら、またホームページで逢おうね」という言葉を残して入院したヨッシーとは、二度と逢うことはなかった。
ヨッシーが開設していたホームページは、有料レンタル期間が終わると共に消え去ることが判り、ネット世界とゴルフ世界での友人達で、「復刻版ホームページ」を作った。 あれから10年余りが経った。
復刻版は既に見当たらなくなっている。 ヨッシーは「よしえ」さんとかが本名らしいが、字は判らない。

 ヨッシーを知る前に、“Retreat(リトリート) M”というネットネームの女とネット交際していた。
“Retreat M”も、25歳にならないのに、国分町で小ママとして店を任されている女であった。
リトリートを日本語に直訳すると、避難、退去、隠居、静修などの意味。
しかし、ネットでは「仕事や家庭生活等の日常生活から離れ、自分だけの時間や人間関係に浸ることで自分を見つめなおす場所」という意味で用いられている。
後になって考えれば、Mがヨッシーに俺のホームページを紹介したのだろうか。

二人とも面識は無く、顔は知らない。 ご存命ならば50歳代半ば近くなのだろうか。
携帯番号を知っていたMとは、俺の仙台出張時には「仙台に着いた」とか「これから発つ」なんて~メール交換をしていた。 しかし、彼女の店を訪ねた事は無く、所在地すら知らない。 まさに“Retreat”の関係であった。

ヨッシーの死後、Mは小ママを辞めて結婚したと聞いた。 一時はブログを書いていたが...以降には東日本大震災があり、現在はどこでどうしているのだろうか。“Retreat M”なんて~ありふれたネット名は、検索でも知れない。
ヨッシーと関係が合ったような東北のゴルフ関係者のブログやホームページを眺めたが、今となっては見当もつかない。 消息を知りたいような、知りたくないような。 雲の彼方のような昔の話だ。
“Retreat M”のことを御存知の人がいたなら、知らせて欲しいものだ。

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