60歳に成った程度の年寄りは、心も身体も裸になれない者が多いようだ。 翌年61歳は還暦、新生児なのに
還暦は干支が一巡し、起算点となった年の干支に戻ること。数え年61歳(生まれ年に60を加えた年)を指す。

今時60歳程度では年寄りであるという自覚を持てないが、立派な年寄だ。65歳になれば、国が認める大年寄りだ。
自覚をしなくても、体力的に、または健康面で、若い頃に比べれば衰えている自分を知り、愕然とするということか。
とはいうものの、65歳にならなければ年金を出さない国が「働け」と鞭打つから、若いふりしてなきゃダメか。
銭湯が華やかな時代であれば、裸の自分を第三者が見ることで、外観的な異常を知らせてもらうチャンスがあった。
しかし今では、人前で裸になるチャンスは少なく、外観的に異常が起こっていてもそれに気づくことは少ない。
妻と共に入浴するようなラブラブの夫婦という家庭も少ないだろう。

裸身に限らず、顔の変化にしたところで視力が衰えてきたら、自分では見れない。

気の置けない年寄り仲間でどんどん温泉旅行に出掛け、互いの裸を見ながらの品評会も悪くはないということだ。

身体的な裸もさることながら、最近の年寄りは素直に成れない者が多いのだそうだ。
老人が尊敬されていた昔の時代を思い出しては、自分を尊敬してくれない周囲の者に対して怒りをぶつける者が増えているとのことだ。 そんな年寄りは、昔であっても尊敬には値しないだろう。

身も心も裸になって触れ合うことを心掛けておかなければ、ボケてから淑やかになろうとしても無理というものだ。
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 長生きを望む者がボケた場合は、身も心も裸になって可愛がられる年寄りにならなきゃ、下の始末をしてくれん。
知り合いの爺さんがいわく、「入院して、身動きが取れない状況の時、看護婦が『爺ちゃんのチンチンは小さいね』と言われた。大きなお世話だ」と怒っていた。 それくらいの調子でなければ、介護してもらえないだろう。
身体が不自由になった場合に備えて、紙パンツを片手で穿く練習をするのもよかろう。
頭が不自由になった場合は、第三者に穿かせてもらうことを止む無しと諦める根性が必要だろう。
「自宅で最期を」 在宅死の割合は地域で大きな差 | NHKニュース
厚生労働省は平成26年の人口動態統計をもとに、病院や自宅など亡くなった人の場所やその割合を分析。全国平均では病院で亡くなった人が75.2%だったのに対して、自宅で亡くなった「在宅死」は12.8%だった
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NHKではスペシャル番組で「介護殺人」という造語まで作って、老人問題を放送している。(2016/07/03分)
期せずして、最近『いつまで生きるつもりだ』発言があったばかりだ。
両方の話題に関連があるとは思わないが、「介護殺人」というものの実態を知ったところで、どうしろというのだ。

NHKがスペシャル番組でやりたがる「地震が来るよ」等と同じく、何を目指してあのような放送をするのかわからない。 政治家等に向けて発信する情報であれば兎も角、庶民が知らされても致し方の無い事実ということだ。
“「介護殺人」を起こさないためには、このようにした方が良い”程度のまとめが無ければ、慌てるだけで御仕舞也。
あの内容を見れば、「年寄りは面倒を見てもらおうと思うな」と言われているように思う俺はいじけているのだろうか。