徘徊先の 「ありがたい!「お墓に水道」 - ばばの日記」 を拝読し、会ったことも無い執筆者と おいらの女将(妻) の所業が重なり、ジーンとしている。

執筆者の ばばさんは、
「仏壇の前に座ったり、お墓に行けば何故か心が落ち着く。」 のだそうだ。
「お墓の前では声には出さないけれど色々な事を報告したりお願いしたりする。」 のだそうだ。
子供の頃には、ヤカンで水等を運んでお墓参りしていたのだそうだが、今では墓地に水道が引かれた事を感謝されている。

我が家の屋根の下には3つの位牌が有る。 1階には おいらの父母、そして2階には女将の母が居る。
生きている者よりも仏の方が多いと言っては、夫婦で笑っている。
女将は、2ヶ所の仏壇に茶や供え物を上げては、何を話しかけているのかブツブツと言いながら しばらく手を合わせている。 何を話しかけているのか聞いても、笑うだけで教えてくれない。

子供の頃の写真が少ない女将だが、残っている古ぼけた1枚だけの写真にはオカッパ頭の少女が写っている。
長崎に落とされた原爆で父を亡くした女将は、5人兄弟の末っ子だ。
母親一人の手で育てられた女将は、物心ついた頃から台所仕事等をしなければならなかったとのことだ。
忙しい家事の片手間に、鶏を育てていたそうだ。 子供心に愛玩動物が欲しかったのかも知れない。
子供が一生懸命に飼育する鶏が産んだ卵は近所でも評判となり、市場価格よりも高価に売れたとのことだ。
しかし、終戦直後の食糧難の時代だった為、近所の病気の老人に精を付けさせる為に鶏をつぶすことになった。
女将は、可愛がっていた鶏が殺されることは涙を呑んだが、小学校に行っている間につぶす事を懇願したそうだ。
この話は、今の女将の根性・性格を表しているように思う。

ブログでしか知らない ばばさんだが、我女将と重なるように覚えるのは何故だろうか。
ちなみに女将は、パソコンには触らないし、インターネットもブログもしない、自称アナログ人間だ。。
とある話題を持ち出すと その事から自分が思い出した話題に飛んでしまう..三段論法的で追従するのが大変。 
草花、特に薔薇と小っぽけな花が好き。 春は庭いじりで大忙し。 
他人が転びそうになると自分の体が儘にならなくても、人を助けに走るお人よし。

今は石川県に住む我々夫婦だが、おいらの父母は鎌倉市に、女将の母は横浜市に墓地がある。
墓地の清掃や献花は、墓地の管理会社に頼んでいる。
子供のいない我々夫婦は、いずれ鎌倉市の墓地に埋葬してもらい、墓地の管理期限が切れたら父母と共々 無縁墓地に埋葬替えされることだろう。
そうなっても、女将のブツブツ話を聞かせて欲しいものだな~
あの世でも頼むよ、女将。