先日、デヴィ夫人が昼のテレビ番組に出演しているのを視聴した。
夜のワイドショー的な番組には出没しているが、昼の番組では珍しい。

石川県の能登半島にて、「現地の家庭に入り込んで食事をごちそうになる」的な嗜好である。
昼の番組のため夜の番組に出演する衣装とは違い、高価のようだが一般的なスーツを着ていた。
ある意味、どこにでもいる普通の婆さんのよそ行きスタイルということだ。WikiPedia:デヴィ・スカルノによれば1940(S15)年生まれだから、もっと腰が曲がるとかの老化現象が見えても不思議ではない。

しかし、夫人よりは遥かに若いようなお邪魔した先の主婦よりもズッと若く見える。
相違点を考えたが、着席した際の姿勢が違うということがわかった。
一般家庭用のテーブルと椅子に腰掛けても、その家の主婦は腰を曲げてグチャ~として座っているのに対して、夫人はレセプションにいるようなきちんとした姿勢で座っている。

今は亡き淡谷のり子氏は、他人の視線がある時には腰が伸びているが、人がいないと思えば腰を曲げた婆さんだったということは有名な話だ。しかし、他人の前では不様な姿を晒さないという姿勢は、ある意味では美しい。
夫人が自宅でくつろぐ時にはどのような姿勢を取るのかは窺い知れないが、おそらく大差なくきちんと座るのだろう。

華やかでなければにも書いた小柳ルミ子氏(1952年生まれ)などは、夫人と同じ香りだ。
美しく見えるか否かは、当人の努力次第ということなのかもしれない。
白蛇抄』は、『白蛇伝』に似た、女の危うさを表現しているのだろう。 その女を演じられる女性は美しい。
女性は「生まれながらにして女性」である。 しかし、女は知恵ある女性として、女性から女になる。

白蛇抄(予告編)

toeimoviesYouTubeより

関連過去記事:女は女の出世を望まない / 「女」 と 「女性」
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