安倍くんは「お国のために死ぬまで働け」と言うが、俺が社会人に成った頃の平均寿命は短かった。平均余命
そのせいだろうが、50歳を過ぎた頃には定年退職で肩たたきがあり、いつまでも働かせる企業は少なかった。
企業側にしてみても、仕事の最中に職場で死なれても困るためだったろうか(?)退職後の者を再雇用するケースは少なかった。 働く側にしてみても、50歳まで働けば「十分にお国のために尽くした」と思っていた。

しかし、最近の社会情勢としては50歳程度では定年にはさせてくれないようだ。
労働人口が多いのか(?)少ないのか(?)読み取りにくい時代だが、60歳を過ぎたならば悠々自適の生活を送りたいものだ。 とは言うものの、老後に備えた貯蓄をできるほどの賃金を貰えず、強制的に加入させられた国民年金だけでは豊かな老後と呼ぶには程遠い。やっと探した老人ホームで暮らすのは、セルフ・ネグレストよりは悪くないということか。 挙句の果てに死後離婚にでもなったなら、一人寂しく無縁墓ということだ。

 地方都市では消滅する可能性が語られているが、日本国そのものが過疎化している。
国全体が人口減少しているのに、内輪揉めしてその人間を各市町村で奪い合いをしたところで致し方あるまい。
そもそもは国策としての落ち度があり、それが修復されないままに進み、人口の多かった団塊世代の分解とともに国家も消滅しようとしている状況なのだろう。 といっても、人口ばかりは急に増えることではない。

国などはサービスの低下を危惧しているが、「サービスを提供する側の人口が減っても、受ける側の人口も減る」のだから心配する事はないだろう。 団塊世代が消滅するまでの時期はサービスする側とされる側のアンバランスが生ずるだろうが、長期間ではない。 後10年も経てば、団塊世代の半数は旅立つだろう。
“死後離婚”を考える|NHK NEWS WEB