桜の満開はまだまだのようだが、巷では花の新入社員がピカピカしている。
つい数日前には退職者を見送った在職者達は、涙よりは笑顔の方が気が楽というものだろう。
入社式というものは専らサラリーマンの世界で行われているようで、入社式として成立しないような人数しか入社しないような中小企業は連携して合同入社式を行うとのニュースを見た。それまでして必要なのだろうか、入社式。

そもそも入社式というものをニュースで見ると「女衒の足抜け防止策」のような企業もあるようだ。
俺の時代と現代を比較することには所詮は無理があるが、昔は“金の玉子”達に逃げられないように、人事担当が地方まで迎えに来て引率して入社式に連れて行ったという話を聞いたことがあった。しかし、入社後にそのような実体験をしたという者には出くわせていないから、眉唾だったのだろうか。

何れにしても、サラリーマンの世界では入社式が盛大に行われた事がニュースになるのに対して、サラリーマン以外の世界では入社式のことを耳にすることは無い。 入社式とは何なのだろうか。

歌舞伎役者や落語家等の“伝統芸能”とか呼ばれる職業は、以前より先祖代々から子孫に引き継がれる事が多い。 今時は政治家だって職業を相続する時代になった。 また、農業や漁業といった一次産業も先祖代々の職業になってきたのだろうか。 お笑い芸人も世襲になってきた。 一家の中で伝えていく事で守れる何かがあるのだろう。

しかし、サラリーマンだけは歴史が無い。 親から子に繋ぐ職業の伝達は無く、先輩から後輩への伝達だ。
サラリーマンの仕事が“家の規模”を超え、家を跨ぐ国家的な事だから...という見方もあるのだろうか。
色々と思いつくことはあるが、サラリーマンの仕事が家の世襲でないことは間違いないだろう。

世襲の中で親のやることを見て育った子供がそれを真似ながら次代を築くのと、サラリーマンとしてどんなに優れた才能が有った親でもそれを知ることのない子供がサラリーマンとなりゼロから学ぶ仕事の相違は何だろうか。

サラリーマンの子供は親から学ばずとも、コンピュータから学べば良い。 仕事をする上で、親は師匠では無い。
人生の先達にもなれない親は、子供にとってはどのような存在なのだろうか。

昨日入社式を終えた新入社員研修が始まったようだ。 名刺交換の作法を教わったところで、その裏側に有るハズの心の交換の仕方は誰も教えてはくれない。 それは自分で学ぶ事であり、退職まで知らない者もいる。
伝統芸能などの世襲では、仕事のしかたよりも、仕事をする上での心を教えるのではないだろうか。

サラリーマンが世襲される社会制度というものも悪くはない。 せめて、子は親と同居できるように成りたい。
また、サラリーマンしている親は、子がサラリーマンになるのなら、同居してサラリーマンの心を伝えたいものだ。