サッカーや野球などのニュースでは「相手に得点を許した」と言うが、あれは「相手に得点されてしまった」 事を言いたいのだろうか。 スポーツに無関心な俺に言わせれば、単純に「弱い側」が「強い側」に負けただけの事と思う。
勝利者は自力で勝ったのであって、敗者に負けてもらったわけでは無い。あれは、負け犬の遠吠えなのだろう。
更に言えば「得点を許した」と報ずるニュース局は、そのチームを贔屓にしているのだうか。
なにも、上から目線で『弱いハズの側が、強いハズの側に勝ちやがった』的な言い方をしなくともよかろうと見る。

 あれは、日米韓が北朝鮮の行動を『挑発する』と報ずる事と変わりはあるまい。ヤクザ者同士が互いを罵っているようなものだ。 『挑発』とは、弱者が強者に対してチョッカイを出すことだ。米は知らないが、日韓は強いのかい。
今日から米韓の合同演習が予定されている。ミサイルは飛ぶのだろうか。

最近の流行り言葉に『させて頂きました』がある。 誰も求められてもいない余計なことをして、ド~ダ顔して、褒められる事を期待するとしか見えないのだが。 『させて頂きました』とか『させて頂きます』といった「...させていただく」は『へりくだった言い方』として関西圏では普通に用いられるとのことだ。過去記事:解りかねるマスコミ語

HNKの昼時の番組では、「生放送ですから」とアナウンサーと思しき出演者がシャーシャーとして言う。視聴者の立場としては『それがどうした』と思っていたが、過日のNHK「トットてれび」で黒柳徹子氏のテレビ黎明期の撮影風景を眺めてなるほどと思う。放送業界で「生放送ですから」という言葉は、失態した場合の免罪符になるらしい。

既に暦の上では立秋となっているにも関わらず、当たらない天気予報では未だに「夏は戻るのか?」という言葉が乱れ飛んでいる。仮にこれから暑くなったとしても『暑い秋』になるだけであって、『夏に戻る』ということではあるまい。

この類のことは取り上げれば切りがないからこんなもんで止そう。最後に、一言だけ。
容疑者の発言として、「私がやったことに間違いありません」と言ったと報じられる。しかし、容疑者がそんな言い方をするハズが無い。せいぜい、「私がやりました」程度だろう。「間違いありません」と報ずるは警察の味方をしている。