国民年金の受給開始となる年齢が引き上げられ、政府は働ける間は働けとの御達しだ。

芸能人、それもお笑い系の芸人は、年金的な制度があるのか(?)は知らないが、かなりな高齢まで働いている。
歌舞伎役者などは昔から「舞台の上で死ねたら本望」とのことである。
名の売れた役者や歌手も、「親の死に目に会う」ことは望めない仕事と言われてきた。

結婚したくない・しない人や、離婚して独り身の人が増え、あの世とやらへの旅立ちを悩むのであれば、サラリーマンも死ぬまで現役で働いて....孤独死するのは致し方ないものにしても、社葬で見送られるのも方法だろう。
今時の孤独死では、あの世への旅立ちは誰も看届けてはくれない。その意味では献体した方が解剖に当たった医師が葬送してくれるかも知れない。葬儀は単なるセレモニー。荼毘に付して埋葬されるのは法律で決められたことだ。遺骨をありがたがるようになったのは、埋葬法ができてからのこと也。再生や復活・輪廻を信じない日本人が燃え残りの骨を大事にし、仏教等の僧侶の引導を求めるのは面白い。
一般的に日本人は「天国に行く」事を信じているようだが、仏教にしろキリスト教にしろ「一度は地獄に行き閻魔様の裁きを受けた後になるということをお忘れなのかな。ストレートに天国に行くという宗教は無い。仏教を信じるフリなら、せめて来世も人間に生まれるように」と願いたいものだ。 六道
芸能界では家庭・親族で密葬が行われても、“偲ぶ会”的なイベントで多くの人達が集って送ってくれるようだ。
昔のサラリーマンは堅気な仕事であり、勤め終えれば、家族は無論のこと仕事仲間など等が集ってあの世に送った。今では退職したならば「ハイ、それまで」と過去の人となり、冠婚葬祭とは無縁になる人が多いのだろうか。
Jターンして見知らぬ土地に移り住んだ人に至っては、「知らない人」だから町内会で....という事になるのだろう。

堅気と遊び人が逆転し、「堅気ではない者」の社会で日本の慣習が取り仕切られていることにニンマリしてしまう。