07/20「夏の土用」(一の丑)を過ぎれば07/23は大暑也。今年は「夏の土用の丑の日」が2回あり、08/01は(二の丑)。 08/07は立秋
anachan_mairu natu01

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当地では07/21から公立の小中学校が夏休みになった。尤も、幼稚園以外の教育機関は全て公立だが...
平成30年7月豪雨の被災地でも、07/21から小中学校は夏休みになったと報じられている。
夏休みになって子供が家にいるという状態は、親にとって、子にとって、良い事なのだろうか

自然災害が起こっても、良い事でもあるように早期に授業を再開させることに努めるのが最近の教育事情のようだ。
俺が学童の頃には、河川氾濫が起こると、小学生と言えども働き手として災害復旧に当たっていた。殊更に何かの役に立つ事は無くとも、学校に行かずに親のする事を見て災害復旧の方法や家の補修方法などを学んでいた。
しかし最近では、親は子を学校に行かせたがり、子は家の事を気に掛けるよりは嬉々として学校に行くのが一般的らしい。 子を働き手として家に置くか、勉学の場に送り出すかは、どちらが良いのたろう。

最近では少子化政策の結果、後継ぎの一人っ子を期待を込めて育てている家庭が多いように見える。
家の後継ぎである事は勿論のこと、自分たち親の面倒を見てくれるハズの子に対して、過度な要望があるようだ。
親と子とは、どのような関係なのだろうか (WikiPedia:子供 / 親子)

医療技術の脆弱な昔は「多くの子を設る」ことが血筋・御家の安泰の大原則であったと聞く。
医療技術が進んだ最近は、生まれてくる子のセックス(生物学的性別)まで見極める夫婦もいるようだ(しかし、ジェンダーまでは生まれてみなければわからない)。結果的には、日本国が過疎化するという事態にまで発展している。
「子とは何のために生むのか?」という深淵なテーマを語るほど愚かになれないが、『子のために親がいるのか?』or『親のために子がいるのか?』というテーマも中々に愚かそうである。
日本人が好みらしい儒教によれば「子が親よりも先に死ぬ事は親不孝」と言うようだ。これは『親のために子がいる』事に発想しているように俺には思えるが、現代に儒教は不似合いだろう。しかし、近々道徳が教育されるとの事。

最近の親子関係はボランティアなのかもしれない。時を跨いだボランティアだ。
親は苦労しながら子を育てても、将来は我が身の分身として自分の老後を慈しんでくれるハズであったのか。
以前は親の都合で子を産み育てていたのかもしれないが、その都合は時の流れと共に流れ去っている。