01/07で松も取れ、年賀状の配達が終わった。
しかし、テレビや街角では未だに「おめでとう」の挨拶が聞こえる。01/15小正月の習慣から思えば不思議では無いが多いに違和感を覚える。挨拶する当人は今年お初なのかも知れないが、間が抜けた時期だろう。
“虚礼”の代表選手のように言われる年賀状だ。「来年からは出さない」と言う声をよく聞く。
年賀状は虚礼と言うが、そもそもは「新年の挨拶を交わす人間関係」とはなんだろう。

新年の挨拶は、目上の者が目下を自家に集めて挨拶をし、その後は直会として新年の宴をする習慣がはじまりなのではないだろうか。それが簡略化され、文で送受するようになり、更に簡素化されたのが年賀状と理解している。
退職してからはパソコンに収録していた住所録データを紛失した事をきっかけに、年賀状を出すのを止めた。
しかし、年が経つにつれ人恋しくなり、「SNSを遊んでみよう」に始まり「ネットしない人にネットを」させることを目論んだが、自宅でパソコン(インターネット)している昔の仲間の少なさを知り、結局は文通に始まり、退職以来5年ぶりに再開した年賀状に思いの外の返信があった事を嬉しく思い出す。

とは言うものの、昔の仲間ながら仕事の話をしなければ、酒を飲む付き合いでもしない限り殊更の友人関係は無い。どの程度の人間関係を以って友人と考えるかは個人差があるだろうが、俺的には仕事関係だけの人間関係は友人と考えないので仕事仲間と呼んでいる。

虚礼とは何だろう。そして、虚礼を行っているシーンとは何だろう。
仕事仲間と年賀状をやり取りすることは虚礼なのだろうか。改めて考えれば、今年賀状をやり取りしている事が虚礼であっても良いと思い始めている。今更になって人生を論じようとは思わないし、共に旅をしたいとも思わない。
そんな仕事仲間であっても、年賀状が届けば「まだ生きているか」と思えば良いだろう。
虚礼の年賀葉書とは思わず、生存確認をしあっていると思い年賀状を送ろう。
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の統計では「年賀状を送らない人は13.8%とのことだ。
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