今日は珍しく朝からテレビを視聴し、二つの番組を見た。

一つは、朝日放送系列のテレビが流す旅行番組で「朝だ!生です旅サラダ」。
若かりし頃にはよく見た番組だが、未だに放送されている事に大いに驚いた。
あの番組は1993年(H05)から放送されていたとのことだが、たぶんその頃には見ていたように記憶する。
その頃のメインの司会は草野仁氏が勤めていたが、1997年に神田正輝氏に代り、何があったのだろうと疑念をもったことを覚えている。それ以降、レギュラー出演者も刷新される中でサブ司会の向井亜紀氏と、出前の現地中継をしているラッシャー板前氏は放送開始以来の古参兵として残っている。
1944年生まれの草野氏が司会を退いた事は寄る年波が成したのかと眺めたが、同番組を降りた後にも他の番組で大活躍している。最近では、1950年生まれの神田氏のほうがカラ元気を振るっているように見える。

それにも増してお疲れ感が漂うのは1964年生まれの向井氏と、ラッシャー氏である。女性の年齢の話題は御叱りが怖いので止すが、ラッシャー氏には大いに御疲れムードを感じる。しかし、1963年生まれというから還暦にも程遠いということを知り、55歳であれならば俺も捨てたものでは無いと妙な自信を持った。
1962年生まれの柳沢慎吾氏が「超快適・超立体マスク」のCMに出演しているが、背後霊とでも見える。

自分自身と共に歴史を歩んできたような、長寿のテレビ番組にはなんとなく愛着を覚えるものがある。番組の内容に一貫性があれば、見やすいような気がする。いつもの出演者が毎度まいどのセリフで御茶を濁す事もお馴染みと言えば気楽な出来事だ。途中いつトイレに立っても隙間の予想ができる番組は、水戸黄門のように安全番組だ。

とは言うものの、番組に胡坐をかいたかのような出演者というものは目の邪魔になる。
芸能界などの人には会社員と違って定年というものが無いようだ。また、マスコミに勤めた人も同様らしい。

前述の草野氏と同時期に司会業をしていた人達には、徳光和夫氏(1941年生)や福留功男氏(1942年)がいる。
ほぼ同時期には「司会業を撤退」宣言をした両氏に対して、みのもんた氏(1944年)が居座った事を不様と思っていたが、最近になって「路線バスで寄り道の旅」では田中律子氏に連れられてトボケぶりを披露している徳光氏の有様を見れば「雀百まで踊り..」の言葉を思い出してしまう。誰かが徳光氏が踊る事を頼んでいるのだろうか。

そんな視野で眺めれば、世の中には『誰からも期待されることも無いのに、自分がしゃしゃり出て』いる人が多い事を再認識する。そして、その中の一人である自分自身が、著名人の中から自分に似た者を見つけては安心している事に愕然とする。昔からのテレビ番組や出演者の古臭さを笑う事で、自分の古臭さを胡麻化しているという事か。

過日、評論家の西部邁氏(1939年生)が死んだ。自死との報道が多い。頭脳明晰な内に自己決着するのも道也。
田原さん「強烈な個性、失われ残念」 西部邁さん死去:朝日新聞デジタル
西部邁さん、「生の最期」世に問う自裁死 自ら死に時を決め、冷静に人生に決着をつけるという潔さを感じる  (夕刊フジ) - Yahoo!ニュース
「憎まれっ子世に憚る」とも言うが、惜しまれる人ほど早くあの世からのお迎えが来るという事か。
政治の世界に胡坐をかいている憚っている議員達でも、長生きするのも芸のうち也。
そんな年寄り向けのこの世の出来事も、テレビ番組と思って眺めれば、これも一興。怒ることは無いということだ。


もう一つ見たのはTBS系列のテレビが流す阿川佐和子氏が司会する「サワコの朝」。今日のゲストは藤竜也氏。
同番組は黒柳徹子氏が司会する「徹子の部屋」に似ているが、20歳ほどの年齢差とキャリアの違いが会話の内容に表れているのだろうか。「徹子の部屋」は司会者の思い出話的な要素が強く感じられ、これまで見たことはなかった。
しかし今日、「サワコの朝」でジックリと対話を聞いていると、喧噪溢れた現代から、ふっと昔を想い出す手づるになっている事を知る。自分の事しか覚えていない・考えない年寄りには、過ぎた過去社会に触れられる窓だろう。

両氏ともに人脈と人格が醸し出した結果の会話なのであろうが、向後は視聴しようかしらんと思う土曜日也。
徹子の部屋(テレビ朝日) / MBS『サワコの朝』 - 公式サイト
徹子の部屋【阿川佐和子】160824
 
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