また受動喫煙の防止措置をどうしたとかで政治の場では議論されているらしい。暇なんだろうか。
防止措置を議論したところで、10年ほど前から分煙するとかの法整備がされ、居酒屋などの公共の場では分煙措置が行われたハズである。ここにきて東京オリンピック向けなのかは知らないが、更なる防止措置をしろと言われても御無体ということでは無いのか。やれる店舗では行政指導で仕方なくとは言え、やるだけやっているはずだ。
小池都知事のように、各家庭でも受動喫煙ダメといった「絵に描いた餅」的な発想まで出る政治は如何なるものか。
と眺めていたら、結局は厚労省の顔色眺めをすることでオリンピック開催都市としてのポリシーは無いようだ。
都知事 受動禁煙対策の条例案提出先送り表明 | NHKニュース
受動喫煙が悪いとは言うものの科学者や国ごとに異なる事を言い合う今、それを防止することは無駄とも思える。その科学的論理を明確にした上でダメと言うなら、いっそのことタバコの販売を禁止する法整備を図るのも選択肢であろう。しかし、喫煙者率は2割に満たない程度との事なので販売禁止措置なんて思いついたが、テレビの視聴率と比較すれば素晴らしい支持率のようだ。それから飛び火して思えば、安倍草履の支持率は素晴らしいのだね
2017年「全国たばこ喫煙者率調査」、男女計で18.2% | JTウェブサイト
 日本人と言うものは、何をやらせても中途半端なのだが、その中途半端な感性が国民性なのだろう。
歌舞伎で言えば「黒子という者は存在しない」ことになるのだが、「存在する物を存在しないと考える」という発想が日本人的と言える。臭い物には蓋を。見て見ないフリをする。目の前で死にそうな人がいても通り過ぎる人がいる一方で、正義の味方とばかりに人助けする事に生き甲斐を感じる。それが日本人だ。
そのような「it マアマア」的な感性がある一方で、北朝鮮に対しては他国の様子は知ってか知らずか「断固として圧力」をと力説するしか能の無い安倍草履と取り巻きの姿勢は逆説的に日本人的である。

 受動喫煙の防止措置に限らず、日本の行政というものは思い付きで法律を作り取り締まりをしているようだ。
高齢者の運転がマズイのであれば、運転しなくとも暮らせる社会作りをする事が政治というものだ。
と言ってみたところで、数千年の歴史の中で育まれてきた日本人的「it マアマア」の島国根性は直らない。

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