明治維新から百五十年経つのだそうだ。
明治の歩みをつなぐ、つたえる~明治150年| 政府広報オンライン
たかが1世紀半と思うものの、西暦紀年法では二十世紀しか経っていない。それから考えれば150年は長いのか。
日本の歴史で眺めれば、
  1. 明治時代は1868年1月25日(改元の詔書が出されたのは1868年10月23日) - 1912年
  2. 大正時代は1912年 - 1926年
  3. 昭和時代は1926年 - 1989年(アメリカ統治時代1945年 - 1972年)
  4. 平成時代は1989年 - 2019年となる
と、150年の中身は分割されていて、「明治維新から百五十年経った」という単純な時代区分だけで目出たがって喜んでいているのは無邪気すぎるのではないだろうか。
「戦争が終わり新しい世が始まって〇〇年」を祝うのであれば大義名分も有るように思えるが、明治維新が有ったことの何が目出たいのだろうか 「天皇制度に成った事」なのだろうか
明治維新が有った事で世の中の変化が起こったことは確かであろうが、明治維新が無かったとしても起こった変化は多い。 むしろ、明治維新が無くても起こったであろう世の中の変化の方が好ましかったのでは。
また、明治維新が起こらずに、江戸文化の延長線の中で社会が動いたならば、太平洋戦争などの世界に出かけた戦争は起こらなかったであろう。明治維新は、江戸幕府という政治慣れした集団に対して、薩長連合が錦の御旗として天皇を祭り上げることで大義名分を作り上げて行った反逆行為が成功しただけのことだ。

同様に体制派への反逆(クーデター)は何度となく繰り返され、その繰り返しが日本(人類)の歴史である。
人間と自らを呼ぶ生物は、現状に満足する事を知らず、他人が幸福になる事を望まないにも関わらず、平和を望んでいる。各人が望む平和とは、自分自身にとっての平和ではないだろうか。
飛鳥時代(6世紀末 - 710)、平安時代(794 - 1185)、鎌倉時代(1185 - 1333)、室町時代(1336 - 1573)
江戸時代(1603年 - 1868年)は約二百五十年も続いた。西洋文化に漬かりっきりになった現代とは違い、江戸時代には他人の平和に心配りできる文化だったのではないだろうか。
日本人が日本人として生きてきた文化の集大成が江戸時代だったのではないだろうか。それだからこそ、江戸時代は長く続き、日本の過去の文化を集大成することができたのではないだろうか。

 改めて考える。『百五十年前に起こった明治維新は良い事』だったのだろうか。
江戸幕府とは、全国を戦争に巻き込んだ戦争をしてまで倒さなければならないほどの悪だったのだろうか。
現代は国民と呼ばれる当時の庶民にとって、明治維新によって幸せに・平和になった事はあったのだろうか。
過去記事:これは風評かも知れない
WikiPedia:日本史時代区分表 / 日本史の出来事一覧 / アイヌの歴史 / 沖縄県の歴史 / 日本の元号一覧
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