眺めのいい部屋から」を 拝読し、 松本清張氏が『半生の記』のタイトルを書いている事を知った。
松本清張の名前からは推理モノを連想するのだが、そのような自伝を書いているとは。WikiPedia:作品一覧
彼がタイトルするから「はんせい」と読むが、俺なんかじゃ「はんなま」と読まれてしまうだろう。
また、『』と言っても、「ヒトとして分」なのか、「生きる予定時間の分」なのか、判るまい。
いずれにしても、『自叙伝』のタイトルは見かけるが『半生の記』の題名は気に入った。

そう思って『半生〇〇』を探してみると、それなりに有る。
俺が探した限りでは、イギリスの草履であったW・チャーチル氏が『わが半生』として執筆している。とは言うものの、このタイトルは翻訳者が命名したものであり、原作では何とされているのだろうか。
他にも、石坂洋次郎氏『わが半生の記』や、藤沢周平氏『半生の記』・中原中也氏『わが半生』と類似したタイトルは見受けられる。中でも、李香蘭氏の『私の半生』や、愛新覚羅溥儀氏の『わが半生』は好奇心がそそられる。

その時歴史が動いた ラストエンペラー最後の日 | 2017


過去記事「人に歴史あり」で、俳諧先の路傍の花ブログで「ファミリーヒストリー」を執筆されている事を書いた。
しかし、三歩歩くと忘れてしまうような俺では無理だ。過去記事:記憶が悪くても安心
とは言うものの、それなりに過去の歴史を調べる方法の紹介記事も見受けられる。
ファミリーヒストリーの調べ方-子孫に伝える家族史づくり

『自叙伝』・『自伝』・『回顧録』・『回想録』とタイトルした図書は多いが、俺的には「末路が見えたと自覚した者が書く振り返り」ように見えていた。その点、『半生の記』のタイトルは未だ前途ある人生が伺え、執筆完成した後日に文章の付け足しや反省も書けるだろう。(自分史家族史私小説)
ブログを書くのも良いが、『半生の記』でも書き溜めてみようかと酔狂を考えてみたりもする。
しかし、「半生記の課題」によればそれなりの蘊蓄があるようだ。 さてさて、どうしたものやら