「徘徊」使いません 当事者の声踏まえ、見直しの動き:朝日新聞デジタル
認知症の人が一人で外出したり、道に迷ったりすることを「徘徊(はいかい)」と呼んできた。だが認知症の本人からその呼び方をやめてほしいという声があがり、自治体などで「徘徊」を使わない動きが広がっている。
「徘徊」の辞書説明では「目的もなく、うろうろと歩きまわること」(大辞林)「どこともなく歩きまわること」(広辞苑)
であり、当事者の認識としては『目的も無く』ではないから徘徊ではないという言い分のようだ。

厚生労働省は当事者の意見をふまえ、「新たな文書や行政説明などでは使わないようにしている」とのこと。
そして、朝日新聞は今後の記事で、認知症の人の行動を表す際に「徘徊」の言葉を原則として使わず、「外出中に道に迷う」などと表現するとのことだ。 (※WikiPedia:図書館情報学用語の一覧)


かつて「痴呆(ちほう)」と呼ばれたが、侮蔑的な表現であるなどの理由で2004年に厚労省が「認知症」と改めた。しかし「徘徊」の呼称も「時代にあわない」と問題提起がなされているとの事也。侮蔑だ、イジメだと日本人は身勝手也。

俺の周囲では「痴呆」なんて~漢字ではなく、単純に「ボケ」と呼んでいたが「呆け・耄け」と書くらしい。
有吉佐和子氏の小説『恍惚の人』が「痴呆」の理解に与えた影響は少なくないのではないだろうか。
呼び方を変えてところで、本質的には何も変わらない事象の言葉に拘っても致し方あるまいと言えば叱られるのだろうか。また、辞典の説明と自分の行動・考えを照らし合わせて、相違しているということにクレームを行うという姿勢が俺には理解できない。その言葉の違いによって生きるか死ぬか的な問題に発展するのであれば兎も角、目的の有無に関わらず歩き回るという行動を示す言葉だろう。
とは言うものの、改めて考えれば当地野々市市では「行方不明者が出ました」との広報だったかも知れない。

俺のネット生活で、よくお邪魔するブログを「徘徊先」と称し、ブログ執筆時にもそのように表記してきたが、本件を知ったからには向後改めたいと考える次第だ。しかし、順位付けのNo.2として「巡回先」を用いているので、なかなかに悩ましい。「放浪(ほうろう)」ってのも何だし、「閲覧(えつらん)」では並みっぽいし...
 今日、東京ミッドタウン日比谷がオープンした。ビル内で徘徊しそうだ (公式サイト)
東京での仕事サボリ散歩道がドンドンと変わっている。上京したら徘徊の御上りさんだな~

TVCM 東京ミッドタウン日比谷「シアワセって」篇

三井不動産 YouTubeより