過剰な時間外労働が原因として死亡する人が出る中で政府は、「働き方対策」とやらを持ち上げている。
その施策が役に立つのか否かはこれからの課題として、我こそは優秀と思っている日本人は頼まれもしない事を奪ってでも行い、ドヤ顔をしたがる。頼みもしない事を進んでやりたがるのが日本人の考え方の原点だろう。
その逆の意味で、今騒動のネタになっている「陸上自衛隊のイラク派遣の日報問題」について、航空幕僚監部などからも出てくるという現象はバカげている。 当事者意識というか、連想する思考力が無い馬鹿なのか。

そもそも労働力の計画は会社側(経営者側)が計画する事である。その計画に基づいて労働力となる労働者を確保する事になる。そして時間外労働を行うことを前提として労働計画されている場合もある。その場合は、雇用する労働者の人数は少なくなり、時間外労働を行う事は当然で、常態化することになる。
一方で、繁忙期を除いて時間外労働を必要としない労働計画もある。その場合は雇用労働者の人数は多くなる。
ザックリとこんなバランス感覚で成り立っているのではないだろうか。
したがって、時間外労働とは、会社側が雇用者に命令する事で発生することである。

しかしながら、世界に珍しい日本の労働体系においては、時間外労働は雇用者が勝手に行っているケースが多いのではないだろうか。勝手にと言えば聞こえが悪いが、雇用者が経営者であるかのごとく、会社の事を・仕事の事を心配して考えた結果とも見えなくはない。
まあ、要するに「経営者の役目」と「雇用者の役目」が機能せず、混じりあうという日本の良き文化の成せる結果なのかもしれない。いずれにしても、命令もされず、必要もない時間外労働が行われ、それがどのような内容であろうとも労働に対する対価が支払われるという場面もあるだろう。勿論、ただ働きの場合もある。
会社から命令されていないにも関わらず、自分勝手に意気に感じて拘束時間を創作し、会社に期待されている哀れな労働者であるかのごとき錯覚を持って時間に縛り付けられてしまい、結果的に健康を壊す場合もあるだろう。

俺が勤めていた会社では、昼間は仕事をせず時間外タイムになると「自分の時間外労働の必要性を正当化するかのごとく、仕事をしているかのようなポーズをする」者もいた。その働きの必要性は、自身が知るだけだ。
時間外労働を行う事で会社から出される補食を食べることや、会社帰りの居酒屋で割り勘の飲食で満腹すること等で、自宅での夕食代を浮かす者がいた。如何にもセコイ話だが、そこまでしてでも金を貯めたいらしい。

時間外労働と称したところで、それに見合った仕事をしているのかを判定することができなくとも、会社に居さえすれば会社の拘束時間として賃金の支払い対象時間になるということだ。 自身の所得計算の中に時間外労働の賃金を含んだライフプランをしていて、夕食代を浮かす事も含めて女房ぐるみで計算づくなのだから堪ったものではない。 
 こんな話題はバブル絶世記の俺の周囲の職場環境だけの出来事かと思ったら、現代でも有る出来事のようだ。
以下の記事に取り上げられた人が、前記のような「会社に求められない時間外勤務」をしているのか(?)は知らないが、時間外勤務により得る金も常態として受け取る収入に組み込んで生涯設計をしていたということだ。
49歳「アラフィフ残業貴族」を襲った年収減  | 東洋経済オンライン
残業代収入を含めてローンで自宅を求めた人の生活が、最近政府が推進する「働き方改革」の影響で、「残業代込みの生活プラン」が破綻しかかっている。
というものだ。 アベノミクスに始まり造語ばかりの安倍政権は「高度プロフェッショナル制度」なんちゅ~呼び名まで作り「残業ゼロ法案」として、年収1075万円以上の高度な専門職についている人には残業代を支払わないそうだ。
また、時間外労働は最大でも年間720時間以内、月100時間未満とするとのこと。(※働き方改革関連法案)
高い知識・技術を持つことで高収入を得る事ができるようになった者は、時間外手当も貰えずに70歳にならねば年金も貰えない。高収入に見合った税金を取られ、年金や保険料も同様に支払い、それで長生きしなきゃつまらん。
 野党も安倍草履のコキ落としにばかり終始していないで、現実的な国会審議にも目を向けて欲しい。