何かそれらしい出来事があると、日本のマスコミは「セクハラ」だと言って囃し立てる。
セクハラと不倫で暮らすマスメディア
そして数ヶ月も経つと、潮が引くよりも素早くそんな噂は断ち切れてしまう。

「セクハラ」(セクシャルハラスメント)といったところで、1970年代初めにアメリカの女性雑誌『Ms』の編集主幹らが作り出した造語とされるとのことだ。1980年代半ば以降に日本でも使用されるようになった頃、勤務先ではセクハラ・パワハラ防止のための研修が行われた。
この数日報じられている財務省役人のセクハラと、俺が受けた研修の内容とでは随分と差異がある。
一概に「セクハラ」と呼んでも、組織や人それぞれに取らまえ方が違う様だ。

俺が受けた研修内容が正しいとも限らないだろうし、巷の関係機関が定義付けしていないので、「セクハラ」とは何であるのかは判らない。 皆が自分なりの受け取り方で社会に文句を言っているということだろうか。
セクシュアルハラスメント対策に取り組む事業主の方へ |厚生労働省
昔は「ウーマン・リブ」と称する女性解放運動が盛んな時期があった。
ピンクのヘルメットを被った女性たちがターゲットの男性の職場等に押しかけては、その女性差別ぶりに抗議するという行為には怯える男性も少なくなかったと聞く。
フェミニズムを訴えるその活動と、現在の「セクシャルハラスメント」を抗議する女性の行動との脈絡は判りかねる。

我々が属する現在の人間(ホモ・サピエンス)は、喧嘩っぱやく序列付けする生物なのだそうだ。同時に、自分よりも弱い立場のペットを飼うことで序列付けし、自分より弱いものを慈しむ事で満足したがるのが人間なのだそうだ。
猿山のサルと同じく、2頭揃えばどちらが上位であるかを両者の間で決めなければ社会が成り立たないとの事。しかし猿の場合は序列が定まったところで必ずしもイジメに繋がるばかりではなく、可愛がりにも繋がるとの事だ。
サルでもそうなのに何故か人間は「ハラスメント(嫌がらせ)」を受けたとして騒ぎたがるのが面白い。
男の世界で有れば「年齢」にはじまり「出身校」等で序列付けし、それで決まらなければ力関係になる。

それにも関わらず、また「いじめ」とか「〇〇ハラ」という言葉を造り出し使いたがるにも関わらず、その言葉の定義が不明確である。 裁判事例に基づいた社会・企業内等の規範を明確にする必要がある。

最近では、ジェンダーに関する考え方が大きく変化してきた。
「ウーマン・リブ」や「セクシャルハラスメント」という言葉が作られた頃には「同性愛」程度の風潮ををどう扱うかを考えれば良かったのだろう。しかしその後は「性同一性障害」など等の認識も加わり、今で「LGBT」として広義に考えなければ成らなくなっている。『レズビアンゲイにセクハラした場合』も有り得る出来事だ。
2014年7月からは同性愛やトランスジェンダーなどLGBTに対する差別的言動もセクハラであるとし、雇用主は措置義務をおう。
対象・被対象者の性別については、男性から女性のセクハラのみならず、女性から男性、また女性から女性男性から男性への性的いじめなどの同性愛を伴う性的嫌がらせもセクハラになる。
上司男性が居酒屋のカウンターでエロ話をし同行した若い男性が不快に感ずれば、それもセクハラ也。

昨夜は、マツコ・デラックス氏やミッツ・マングローブ氏・ダイアナ・エクストラバガンザ氏等、そうそうたる顔ぶれのオネエ達が出演したテレビ番組を視た。
「これだけは言いたい!オネエの主張スペシャル」|行列のできる法律相談所|日本テレビ
彼女(彼?)等は、財務省役人のセクハラ事件をどうみているのだろうか。俺は「♪行かなきゃ良かった」にも書いたが『「くノ一」に色仕掛けで嵌められた』と見ている。騒ぎ立てている女性政治家達の「セクハラ」という用語への認識は一致しているのだろうか。票稼ぎのように一過性に騒がず、実現するまで継続的に団結して騒ぐべきだろう。
ドッキリカメラの難にあった芸能人は、「ハラスメント(嫌がらせ)」と騒ぎ立てる事はしない。
自分の信念に反する行為をしておいて、仕事の為などと自己弁護しながら、後で騒ぎ立てるのは如何なものか
財務省役人と某女性記者の「セクハラとする騒動」については、地に落ちた女性or記者の哀れな物語だ。
女性であることを武器にして色仕掛けで取材を試みた記者が受けた扱いをセクハラと騒ぐのは笑止だ。
関連過去記事:パワハラって言うが? / セクハラ議員狩りをしよう / 「モラハラ」ねぇ~ / 「いじめ」と騒ぐが? / 無い物ねだりの人妬み / 女とは?!
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