13.56km2の面積しかない当地野々市市は長さが約6Km幅が約4Kmほどの小さな街である。
殊更に急ぐ事でもなければ、良い御散歩ができる長さであり、俺は積極的に歩くことにしている。
1時間に1本程度しか走らないコミュニティバスを待っているよりは、よほど健康的である。
20分もあれば主要な施設には辿り着くのだから、時計を睨みながらイジイジとバスを待つよりも精神衛生に良い。

しかし、転居したばかりの頃は徒歩の10分がとても遠くに感じた。
東京の山手線内に在った事務所から、最寄りのJR駅や地下鉄駅などの公共交通機関までは5分程度であった。
駅では数分刻みで電車が到着し、待つという感覚は無かった。自宅の在った神奈川県でも似たような時間間隔であったから、電車や路線バスを利用しての移動には不自由する事は無かった。
伴って、「最寄り駅は近い」という感覚をもっていたため、当地での徒歩10分はとても長距離に感じた。
ちなみに、女将は未だにどこに行くのでもタクシーを利用する。タクシーを利用する事は。自家用車の維持費よりも安く安全であると考える俺は、それを止める気持ちは更々無い。

しかし、当地に住んでいる人達はおよそ歩かない。近所のスーパーマーケットで買い物をするにしても、自宅を出る時には自家用車を利用する。要するに「歩いているようで。歩いていない」のだ。
あれでは田舎者が都会に出て、駅に行く、公共交通機関を利用するといっても遠く感じるであろう。
また、田舎に住む高齢者ほど運転免許証を手放すことはできないだろうと推察する。

とは言うものの、考えてみれば「駅の入り口迄は近い」と思っても、実は入り口に入ったからといって未だ先がある。階段の昇降や駅構内を歩くことを加えれば、公共交通機関を利用している都会のネズミは日々歩いているのかもしれない。田舎のネズミよりも歩かない豊かな生活環境にあると錯覚しているだけなのかもしれない。
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