日本国の会計年度が改まり「平成31年度」になった。奇しくも月曜日である。更にエイプリルフール
日本では各民間企業の会計年度の開始月や決算月は、法人設立時に任意に定めることができる。しかし、政府に合わせて4月1日開始が多いようだ。ヨーロッパ・中国は1月、北米は 10月開始との事。
日本国は、会計年度と学校年度が一致して4月1日開始だが、ヨーロッパ、北米、中国は 9月開始。
本日は天皇の退位と譲位による新元号が発表されるとの事。「平成31年度」と称される期間は
政府機関でも、「平成31年度(2019年度)」と併記する文章も多いようだ。
2019年の会計年度は「平成」のようだが、新元号が本日発表される。新元号に成る5月迄生き残ろう
近い将来に高い確率で発生する事が予想されている大地震と、来る2020東京オリンピックと、どちらが早いだろうか。それらの出来事と、俺自身の生存期間終とどちらが早いのだろうか...と考えたりもする。

延命治療は、「望まない意思表示」はできるそうだ。(但し、救急車に乗車拒否や入院拒否があるかも)
元気なうちに、遺産相続の段取りを済ませ、望む葬儀の契約を済ませ、墓所にも手配するようなシステム制度はできないのだろうか。また、旅先で死んだ場合は、遺体搬送して貰えるようなオプションも欲しい。

死因の病名なんかはどうでも良いのだが、医者は死因を特定しなければならないらしい。
死因を老衰とした場合、平均寿命が伸びたように見せる事で日本の国力を世界に示したい政府(厚生労働省)にとっては望ましくないため、何かしらの病名を付けるように指導されているとのことだ。
しかし、老衰とした方が戦略的に望ましい著名人はこの限りではない。

しかし、老衰であろうが病死であろうが、要するに新しい血液が体内を循環できなくなる事が死因である。

体力が有るうちに死ぬ...いわゆる突然死のような死に方は、苦しむ余力が残っているから苦しむ。
苦しむ余力が無くなってから死ぬのは、老衰と同じように死を向かえる。とは言うものの、心不全や脳梗塞が手遅れとなって死ぬ場合は苦しむそうだ...しかし、死ぬ場合のもがく時間は長くは無いそうだ。
肺炎でも体力が有るのと無いのでは苦しむか苦しまないかに差があり、体力が無くなってからであれば苦しまないとも聞く。
癌は治療するから苦しいので、治療しなければ老衰と同様にある日突然体力が無くなって死ぬとの事だ。

俺はクレオパトラのように毒蛇に噛まれて死ぬ事は難しい。蛇だって好き嫌いがあるだろう。
さりとて西部邁氏のような入水自死するほどの根性は無いだろう。
結局は孤独死...と改めて思う年度の始まりである。これが爺の生きる道
関連過去記事:美しい「死」とは / 海外で死ぬのも悪くない / 最近思うんだよ / 人生60年サイクル / 治療する病気を選ぶ / 生への執着心は / 尊厳死 vs 自殺

吉田拓郎 -今日までそして明日から-(歌詞)