WikiPediaで聖書を紐解くだけでも、数種類の「聖書」と呼ばれる書物が有るようだ。
WikiPedia:聖書より抜粋引用
聖書とは、キリスト教ユダヤ教の教典、正典およびイスラム教の教典。
無宗教のおいらでも、キリスト教の「旧約聖書」・「新約聖書」程度は読んだことがある。
キリスト教「旧約聖書」に言う最初の人間であるアダムとイブに類似した記述は、他の「聖書」にも見受けられる。
類似した記述がある色々な「聖書」をそれぞれ信じる民族間で、他民族を排斥しようとするのは悲しいことだ。

キリスト教徒が、アフリカ大陸の諸民族を奴隷化して他の大陸に連れ去った事・南アメリカ大陸のインカ帝国を滅ぼした事・北アメリカ大陸のアメリカインディアンを攻撃した事などは歴史に新しい。
最近では、U.S.A.がイスラム教圏の諸国に武力的圧力を行う事は、疑問を覚える。
また、キリスト教圏においても、イスラム教圏においても、内乱的な抗争が発生するのは何故なのだろう。
これは宗教に起因することでは無く、血筋(家族) がもたらすことでは...と考える。
旧約聖書においても、アブラハムに始まりイサクヤコブと続く3代の族長が書かれている。 すなわち、アブラハム家の繁栄物語とも言えるだろう。 ちなみに、アブラハムをイスラム教ではイブラーヒームと呼び、五大預言者のうちの一人とされる。 ※WikiPedia:アブラハム

家族はあっという間に増える。 百年も経てば某家族が部族を構成する。部族に、利害関係が共通する他の部族が混じり合って千年も経てば民族国家ができるだろう。 部族間での婚姻による血縁関係もあるだろう。
そのような血縁関係で構成されたていた民族国家が、西欧諸国の植民地化により統廃合され、第二次大戦後に独立国となったところで、以前のような民族国家とは似て非な国である。
そのような国家としての線引きと、民族としての線引きが異なる場合には、民族としての血縁に宗教の違いがまとわりつくから問題が複雑化する。
それが神(宗教) の前で善であれ悪であれ、家族・民族としては正しい事とされている事を、他国が不正の烙印を押して攻撃することは無い。

以前より、イスラム教圏に対して、キリスト教圏のE.U.やU.S.A.が平和の使者然として戦闘行為を仕掛けている。
イスラム教を信じる者同士が宗派の違いから殺戮し合うことは如何とも思うが、余所者が指導権を取ることは無い。
イスラムのことは、イスラムに任せれば良いことだ。

地球温暖化が進み住む場所が減り、食料を確保できる土地が減ることが判明した今、民族国家は滅亡する運命なのだろうか。