昨年の事だったと記憶するが「同居していた人(たぶん女性)が死んだが、相方の人(たぶん男性)は同居人の本名などの素性を知らなかった」というニュースを斜め読みした。記事では、素性も知らないで暮らしていた男女関係を不思議として捉えていたようだ。 そんな関係は不思議なのだろうか。

男女関係に限らず、村組織などの限定された社会では、家族以外の関係者でも他人の事を知っているし、知りたがる。これは、地方の村組織に限らず、大都会の浅草などの町内会でも同様であろう。良く言えば「人情」ということだ。

この人情というものが、ありがたく嬉しいと思う人がいる一方、鬱陶しいと思う人もいる。
何れかの考えを持っている人達のコロニーはそれはそれで上手く機能しているのであろう。しかし。そのコロニーに別の考えを持つ人が紛れ込むと騒動の元になるのだろう。
孤独死や独居といった事が大声で語られる現代においては、人情を好む性格とそうではない性格では死に方に差異がでる。世の中的には「気の毒」と言われようが、孤独を好む者としては独りで死ぬ事に不満は無いのではないだろうか。現代では法律によって埋葬方法が細かく定めらているから従わざるを得ない。その結果、「同居していた女性が死んだ事を警察に届ける」という出来事が必要になるのかもしれない。

素性を知っていようが知らなかろうが、同居する事を楽しめる関係だったのではないだろうか。
世の中には、素性だけは知っていても、同居する事が不自然な人間関係の者達が多い。法律的には夫婦関係であり、社会的にも夫婦として認知され子供を設けたような男女であっても、同居する事を楽しめる関係であるとは限るまい。「瘋癲の虎さん」じゃ~ないが、恋愛感情を保ち続けるには明日にも別れるかもしれない危うい関係のほうが良いのではないだろうか。

「同居しているにも関わらず本名を知らない」事をマスコミは責めるが、本名を知らずとも愛称で話は通じる。若かりし頃、「恋愛」と呼ぶが「恋」と「愛」は違うんだ...なんて議論したことを思い出す。


最近は、熟年離婚とか死後離婚とかが多いそうだ。
素性なんて~事に固執した時代は家制度が法律に書かれていた時代の延長線上である。LGBTが認められ夫婦と同様の法的な扱いがされる現代では無意味と言うべきだろう。
200年後の未来社会は、父親の名を知らない母親から生まれた子供や、AI が動かすロボットによって人工培養された子供だらけになるのだろうか...世界が存在したら、日本が有ったらの事だが....