あと数ヶ月で古稀になる爺としては、ふっと思う。

色々と病気持ちで、アッチを治している間にコッチの病気が悪くなるかも知れないから、いっその事なにもしないという選択肢もあるハズだ....と。
食いたい物も食わず、やりたいこともせず、ただひたすらに長生きしたからといって、何を求めているのだろうか。好き放題に生きてメタボで突然死と、集団検診と人間ドッグの優等生として長生きし認知症になるのと、どっちがいいか考えてみよう。
WikiPediaの「古稀」によれば『の詩人杜甫の詩・曲江(きょっこう)「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」(酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。(しかし)七十年生きる人は古くから稀である)に由来する。 』との事。
メタボも古稀も珍しく無くなってしまった現代は、古稀だからと言って踏ん反りかえっていれなくなった。
古稀もまた珍しくも無し護美の山
惚け爺 介護認定だけ張り切って

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